夏ですね。
夏って言うより
灼熱ですね。
何回擦るんだと言われそうだけど
夏になりセミの死骸や鳴き声が聞こえてきているので思出話を
何度か書いているが
私は中学生時代
クラスメイトから
嫌がらせ(いじめ)を受けていた
ことのきっかけは多分
私が落ちていた誰のかもわからないボールペンを
「これ誰の?」と聞いたのに答えてもらえなかったからとそのままそのボールペンを使って発表する為にまとめてた用紙に書き込みをしたことで
持ち主であった男子が「人のボールペン勝手に使うなよ汚れるだろ」と言ってきたことに
短気な私は静かにキレて「聞いたときに答えなかったのそっちでしょ、」って言いながらそいつにボールペンを投げつけたのが私をターゲットへと導いたんだろうと今は、思う。
その日以降
私への嫌がらせが始まった
最初は消しゴムカスを投げてくるとか
セロハンテープで作った玉を当ててくるとか
席をわざと離すとか
物がなくなったのを私のせいにしてきたりとか
そんな感じだった
そこから
だんだん
黒板消しを投げてくるとか
菌扱いとか
机に落書きとか
クラスメイトの子供を妊娠しただとか
スカート捲りとか
幽霊扱いとか
やられる内容が増えていったし
やってくる人も増えていった
ボールペンを投げつけた男子周りだったのが気付けばクラスメイトの半数(ほぼ男子)からやられるようになってた。
そんなことが当たり前になりつつあった
夏の日
1匹のセミがクラスに入ってきた
すると
1人の男子がおもむろに立ち上がり
カーテンに止まったセミを捕まえ
そのまま
迷うことなく私のもとにやってきた
そして
私の顔の前に
捕まえたセミを差し出して
「ほら食えよ飯だぞ」
忘れもしない
ニヤニヤした顔して
口に近付けてきたアイツを
そしてそれを、聞いた周りは
「食え、食え」と囃し立てる奴ら
ただ笑ってるやつら
「やめなよ流石がに」
と引いてるやつら
そして
なにより
この行為が行われているこの瞬間も
全く関係ないとでも言うように授業を続けていた教師
ビックリしません?
授業中だったんですよ
私がセミ食わされそうになってたの
笑えますよね
このやりとり
聞こえないはずないのに
私は精一杯の強がりで
そいつの腕を押さえて
そいつに「お前が食ったら食ってやるから食えよ」って言い返した
腕を必死で遠ざけて
そしたらそいつは
「つまんねーな」って言って前で授業を続けてる教師のもとにセミを持っていって
「先生に、あげる」と見せた瞬間
その教師は悲鳴に近い声を上げて
「○○くんやめて!外にお願い」と言った
そいつは嬉しそうな顔して
セミを外に逃がして席に戻った
私を笑ってた奴らはその教師の反応にさらに笑っていた。
異常しかなかったクラス
いじめを子供たちの戯れと言った教師
友達はリスカするようになってた
私は嫌がらせを受けてたのに
他の子のいじめに加担もしていた
(無視しろの命令に従ったということ)
そんな自分を許せなくて
そんな自分が醜くて
されるより多分してしまった時に
心は完全に壊れたんだと思う
勿論
人なので
やってしまった言い訳は
彼女も私がされてるとき同じことをしていた
そう思うことで
どうにかしようとした
でもどうにも出来なくて
結果
私は
登校しようとすると吐くし頭痛起こすし
腹痛が当たり前の身体になってた
家ではその状態の私を仮病魔と呼び
頭痛いから行けないと言うと「はいはい行けない病ね」と言われるようになった。
私には家にも居たくない時間になっていった
本当に吐いてしまうのに
本当に頭が割れそうに痛いのに
本当にお腹がよじれる位痛いのに
気付けば通学路の途中で隠れれそうな場所を見つけてはそこで学校が終わる時間まで隠れるようになってた
ある時からは知恵もつくから
一旦家を出て
母が仕事で家から出たタイミングを確認して家に戻って部屋で過ごしてた
ある時姉が時間短縮で早く帰ってきた時にはクローゼットに隠れて必死に学校終わりに帰宅した風を装ってた
そんな風に
息を殺して生きてた
何千回と自分を殺しながら生きてた
毎日が地獄のようだった
自分さえ居なければ幸せなら
そもそもなぜ産んだりしたのか
そんなことすら考えるようにもなってた
色々変わったのは中2になる前にあった三者面談で
母が私が嫌いだと言い続けた教師と対面してからだった
対面したあと母は私に謝ったのだ
「ごめん、あれは無理だわ、行かなくていい」
そう言われた瞬間私はこの人がお母さんで良かったと思った
でももう2年なるからどのみちそいつとは会うことがなくなってたんだけど
そして2年から行き出しても
1度ついたサボりぐせと言うか
行きたくない」は消せなくて
たまたま親の離婚が原因でグレた友達と一緒にいることでその子のサボりに便乗して学校には結局それほど通わなかった
(正確には学校自体には行ったが教室に入らずその子と遊んでた)
その為
教師から呼ばれてあの子と行動を共にするのをやめるよう言われたりもした
行きたくないからその子利用してるだけの私にとって的外れすぎることで教師を嫌いになる要素ばかりが増えていった。
中学校は高校への進学を親が強く望んだので
3年生の1年間だけちゃんと出席した
私は偉いなと思ってるこの頃の自分を
本当によく耐えたし
よく通えた
「人生なにがあるかわからない」
この頃の私には戯れ言だった言葉
でも本当に
なにがあるかわからないなって感じる
15歳の時20歳の誕生日に死ぬことを決めて
遺書も書いていたのに
高校生の時に観劇を知ってバイト代全部使う勢いで月に2~3本観に行くのが趣味になって
19歳の誕生日に自殺をしようとしていた主人公がいつでも死ねるからと今は死なない選択をする作品と出逢って、私もそうすることにしようって
なんだかそうしろって言われた気がして
そこから
なんやかんや
延びに延びて今も
生きてる
いつでも死ねるから今死ぬのをやめてる
あの頃の私には今の私は想像もしてない
生きてることを想像出来なかったから
セミの鳴き声を聞くと
私の心はあの頃の私のもとに行く
変わったよと伝えてあげたくなる
自分であの頃の私を抱き締めてあげたくなる
頑張ってるよって
大丈夫だよって
学校ほぼ通ってなくても大人になったし
趣味通じて友だちも出来たし
今は今の悩みはあるけど
あなたはよく生きたよって
その痛みに寄り添ってあげたくなる
死にたがりは治らないけど
あの頃の私には
愛されてるよって話してあげたい。