
私が小学2年生の時に
おじいちゃんは肺癌で亡くなった。
おじいちゃんは私にとっては優しい人の印象しかなかったから亡くなってから聞いた、昔はばあちゃん(妻)やお父さん達(子供)に手をあげてたこととか
亡くなった時におばあちゃんがざまあみろと発したとか
後々に出てきた話にビックリしたほどだった。
そんなじいちゃんとの
僅かにある
思い出を
おばあちゃん家では犬を飼っていた。
警察犬として専ら有名な犬種だった。
頭が良いというが、その犬は利口とは思えなかった。
よく吠えていて煩くて怖いと言う記憶
おじいちゃんの言うことしか聞かず
近づくと唸ってきて近寄るのもニガテになる
小さかったせいか
とても大きくも感じた。
なのに私はその犬におやつ(煮干し)をあげるのが好きだった。
理由はその犬におやつをあげる時だけ
おじいちゃんが抱っこをしてくれるからだ。
檻に入れて飼われてたのだけれど
檻の間からあげる時におじいちゃんは私を必ず抱っこしてくれて一緒におやつをあげてくれた。
それが楽しくて特別な気がして
犬もおじいちゃんと一緒にいるときは吠えないし
威嚇もしないから少し触ることもできた。
それが嬉しくてたまらなかったのを今でも覚えている。
おじいちゃんは基本自室に籠って出てこないから
多くは思い出もないけれどその時間だけはおじいちゃんと過ごす大事な時間だったんだと思う。
もう1つとても覚えている思い出がある。
それは
私の誕生日プレゼントを買ってもらった日の帰り
おじいちゃんの車に私は乗っていた。
家について車を降りる前に
おじいちゃんは私に
3000円もくれた
お小遣いだと言って
親は断ってたけど
気持ちだと
押しきられていた
私は嬉しかったけど取られると思ってすぐには使わなかった。
私は
おじいちゃんが大好きだった。
膝の上に乗るのも
背中に抱きつくのも
だけど
肺癌になって
入院して
お見舞いだと
病院に行った日
ベッドの上で
顔つきの変わったおじいちゃんは
当時の私には怖くて
チラッとだけ
見てすぐに
病室の外に出てしまった。
おじいちゃんじゃない
そんな感じすら持ったのかもしれない
それから数日後
おじいちゃんは息を引き取った。
出火される日
最期の別れの日
私はひどく体調が悪くて
納骨にみんなが行ってる中
私だけは家で留守番していた。
最期の最期でも
私はあれだけよくしてもらったおじいちゃんに
ちゃんとしたお別れも言えなかったのだ。
今でも
ちゃんと
ありがとうと
大好きだと
バイバイと
言えなかったことを
悪かったなと
消えない後悔として残っている。
そして
曾祖母が寝たきりになった時も私はその現実から目を背けていた。
高校生の時のことだ。
そんな経験があって、
親の最期に後悔したくなくて
私は
介護士になった。
老いた親の姿から
目を背けない
その為に
私の
おじいちゃんとの思い出
以上