価値のありなしなどは自分ではわからないものだとわかっている。
必要のあるなしを自ら決定することが間違いだとわかっている。
この世に死んで良い命がないと言うこともわかっている。
わかっているのだ。
偽善的な台詞であろうとそれを本気で思っている人々だって存在していることも。
この世が広いと言うことも。
どんなにわかってもどんなに理解しても。
思ってしまうんだ。
「死にたい」
思ってしまうんだ。
「消えたい」
わかっているよ。
そんなことを何千何万回願っても口にしても。
「死なないんでしょ」
「構ってちゃんは黙れ」
ちゃんとわかっているよ。
でもね
発言することも許されなくて
投げ出すことも許されなくて
声に出しても拒絶されてしまうのは
時々辛くなる
人間は皆辛くても前向いて弱さは見せない
のだとしても
吐き出したい人間もいるんだよ。
たった一言
深呼吸のようなものなんだよ
吐き出したくなるんだ
すがりたくなるんだ
見えない誰かにさえ
幸せだ
毎日私は
裕福ではなくても家族と笑って生きて入れているから。
けれどそれと
「生きていたくない」
という感情は全く関係ないんだ。
明日も明後日も生きて笑っているけれど
ずっと嘆き続けるんだ
どんなにわかっていても
私にはいないから
私に生きていて欲しいと思っている人も
私が必要だなどという人も
当たり前だけど
当たり前なんだけど
死んだところで変わらない世界なんだ
なのに
家族も友達もいるきっとううん絶対
私が死んだら泣いてくれるし悲しんでくれる
それすらわかっていてもね
誰1人として私に生きていてとは想わないんだ。
その事実が時々
時々私をメンドクサイ人間にする。
マイナスのマイナスはプラス思考。
こうやってひたすらマイナス思考。
行き着くところは
グチグチ言ってもどうせ私は変わらない
だからとりあえず誰にも必要とされてなくても生きている。
ずっと求めて
いつかきっと現れてくれる
痛みを理解してくれる人
涙の意味を理解してくれる人。