1月7日(七草)は、昭和天皇祭の日でもある。4月29日の昭和の日と併せて、1月は昭和天皇を偲びたい。折りにふれ八王子・武蔵野稜、立川・昭和天皇記念館など訪れていきたい。昭和天皇は連合国軍最高指令官マッカーサー元帥に面会時、「すべての責任は私にある。この身はどうなっても構わない。日本国民をよろしく頼む」とおっしゃり、さらに、「日本が他国を侵略するような戦争は二度としない。そういう戦力も持ちたくない」と続けられたという。こと、憲法第9条に関する限り「戦争放棄」は昭和天皇の意志であり、そこには日本の神(アマテラス大神)の魂が入っていると言う方もいる(下記、中丸薫氏)。マッカーサー元帥は「私はその時、天皇の姿を通して神を見た」と「マッカーサー大戦回顧録」で回想している(「2012年の奇蹟」 中丸薫著 あ・うん社より)。また、以前読んだ五島勉氏の著書によると、日本は戦時中、理化学研究所を中心に原爆'ニ号爆弾'の開発に着手し完成間近でありハワイに落とす計画もあったが゙、昭和天皇はこの報告を受け「それでは人類絶滅の悪の宗家に日本がなるではないか。日本が使用すれば他国も完成させ使ってくるようになるであろうから、全人類を滅亡させることになる」といって、ストップをかけたという。その考えは「終戦の詔書」の中の一文にも表れているという。「敵は、新(あらた)に残虐なる爆弾を使用して、しきりに無辜(むこ)を殺傷し、惨害の及ぶ所、真に測るべからざるに至る。しかもなお交戦を継続せんか、ついに我民族の滅亡を招来するのみならず、ひいて人類の文明をも破却すべし(破却さえ考えられる)(昭和20年8月14日ラジオ放送分録音)」 。五島氏はいう。"日本では 昭和天皇は人類と生命の視点に立って、原爆作戦の絶対中止を命じた、と( 「究極の終戦秘史 日本・原爆開発の真実 その戦慄の破壊力と昭和天皇の決断」 五島勉著 祥伝社ノン・ブック 平成13年刊より)。資料等少ないようだが、まさに表マスコミには出にくい秘史である。