最近上の子がだんだん知恵がついてきて、1つの物をみんなで分ける時少しでも大きいものを見定めて先に取ろうとします。
そんな時にある話しを思い出します。
卒業後すぐに勤めた医院では診療が終わると必ず、狭い技工室で膝をつき合わせながら院長先生も含め全スタッフでお茶とお菓子をいただきます。
カステラ等をその場で切ってはみんなで分けて頂きました。
そして決まって同じお話しが始まります。
院長先生がまだ小さかった頃、食べ物も今のように豊かではなく、お腹も空いていて、隣のコロッケが自分のよりも大きかったので、誰も見ていないうちに自分のお皿と交換したそうです。
そっとおばあちゃんがきて、
「食べてもたったひと口の違いだよ。」と言われお皿をもとに戻されたそうです。
それを聞いて子どもながらに非常に恥ずかしかったそうです。
食べてもたったひとくち
この一言に色々な学びがあります。
思いやり
譲渡
我慢
冷静
判断
昔から同じ釜の飯という言葉があるように、家庭や社会等の共同生活の中で、絆を深める1つの方法として
1つのものをみんなで分けあえ食べるということがあります。
私が20代初めの頃に何度も何度も聞きました。
当時はまたか…と簡単に聞き流してしまいましたが、ある程度歳を重ね子どもを持った今、そうゆう事だったのかと共感出来ます。
そして自分の子どもにも
食べてもたったひとくちの違いだから…
と話しています。
そんな姿を院長先生はどう見るのでしょうか
少しは成長したなと言ってくださるといいな(笑)
Android携帯からの投稿
そんな時にある話しを思い出します。
卒業後すぐに勤めた医院では診療が終わると必ず、狭い技工室で膝をつき合わせながら院長先生も含め全スタッフでお茶とお菓子をいただきます。
カステラ等をその場で切ってはみんなで分けて頂きました。
そして決まって同じお話しが始まります。
院長先生がまだ小さかった頃、食べ物も今のように豊かではなく、お腹も空いていて、隣のコロッケが自分のよりも大きかったので、誰も見ていないうちに自分のお皿と交換したそうです。
そっとおばあちゃんがきて、
「食べてもたったひと口の違いだよ。」と言われお皿をもとに戻されたそうです。
それを聞いて子どもながらに非常に恥ずかしかったそうです。
食べてもたったひとくち
この一言に色々な学びがあります。
思いやり
譲渡
我慢
冷静
判断
昔から同じ釜の飯という言葉があるように、家庭や社会等の共同生活の中で、絆を深める1つの方法として
1つのものをみんなで分けあえ食べるということがあります。
私が20代初めの頃に何度も何度も聞きました。
当時はまたか…と簡単に聞き流してしまいましたが、ある程度歳を重ね子どもを持った今、そうゆう事だったのかと共感出来ます。
そして自分の子どもにも
食べてもたったひとくちの違いだから…
と話しています。
そんな姿を院長先生はどう見るのでしょうか
少しは成長したなと言ってくださるといいな(笑)
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