最近上の子がだんだん知恵がついてきて、1つの物をみんなで分ける時少しでも大きいものを見定めて先に取ろうとします。

そんな時にある話しを思い出します。

卒業後すぐに勤めた医院では診療が終わると必ず、狭い技工室で膝をつき合わせながら院長先生も含め全スタッフでお茶とお菓子をいただきます。

カステラ等をその場で切ってはみんなで分けて頂きました。
そして決まって同じお話しが始まります。

院長先生がまだ小さかった頃、食べ物も今のように豊かではなく、お腹も空いていて、隣のコロッケが自分のよりも大きかったので、誰も見ていないうちに自分のお皿と交換したそうです。

そっとおばあちゃんがきて、
「食べてもたったひと口の違いだよ。」と言われお皿をもとに戻されたそうです。

それを聞いて子どもながらに非常に恥ずかしかったそうです。


食べてもたったひとくち


この一言に色々な学びがあります。
思いやり
譲渡
我慢
冷静
判断

昔から同じ釜の飯という言葉があるように、家庭や社会等の共同生活の中で、絆を深める1つの方法として
1つのものをみんなで分けあえ食べるということがあります。


私が20代初めの頃に何度も何度も聞きました。
当時はまたか…と簡単に聞き流してしまいましたが、ある程度歳を重ね子どもを持った今、そうゆう事だったのかと共感出来ます。

そして自分の子どもにも
食べてもたったひとくちの違いだから…
と話しています。
そんな姿を院長先生はどう見るのでしょうか


少しは成長したなと言ってくださるといいな(笑)

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今、仕事が終わって疲れてるであろう5人のスタッフが富士山登頂へ出発しました。

みんないきいきとした笑顔で、大きいリュックを背負って出掛けて行きました。
今日これから夜通し登って御来光を拝むそうです。

若いって素晴らしい!
いや、挑戦する気持ちが素晴らしい!!

きっとかけがえのないものを得て帰ってくるのでしょう。


来週、
ひとまわり、素敵になった5人組に会えるのが楽しみです。


頑張れ~!!!






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生きるうえで最も大切なことは食べることです。

いつの年代も食=愛といわれます。

また子どもの偏食は親が作るとも言われ、我々親がぶつかる悩みの一つとなっています。

我が家の子ども達に関してですが、お弁当の幼稚園と給食の幼稚園とでは食に関しての向き合いかたが
違う事に気がつきました。

上の子は毎日お弁当持参でした。それはそれは大変でしたが、お弁当プラス幼稚園でも園長先生自ら旬なお野菜を子ども達の前で調理してくださり、スープやおかずの一品として配ってくださいました。
毎日おかわりの列が絶えず、延長保育のおやつも野菜の素揚げや手作りおやつで大人気でした。
野菜の大切さを知り、苦手な野菜も不思議と食べられるようになり、今では野菜大好き何でも食べます。


一方下の子。
給食の幼稚園です。
給食が苦手です。年中さんですが、今まで給食を完食したのは1回だけです。
完食するお友達は少ないです。大量に残されるお弁当、本当にもったいないです。

年長さんになると1回だけ園児みんなでカレーライスを作るイベントがあります。
いつもご飯を残してしまうお友達もこの時ばかりはきれいに完食するそうです。
みんなで苦労して作ったということも深く関わっているのでしょうか。


幼児期は食育がとても大事な時期です。

このおかずはこの野菜がこうなって出来上がるという過程を見せる、もしくは危なっかしいけど、野菜を触りながら皮むきなど一緒にしながら(これは親がじっと待つ試練?!ですが)食育することで、多少の偏食も改善されるような気がします。


これから長い夏休みが始まります。
子どもと1日じゅう顔をつきあわせイライラする毎日ですが、長い子育ての中で、こんなに一緒にいられるのは幼児期ぐらいです。

食育の絶好の機会と思って、日々大切に過ごしたいと思います。





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