誰だ君は、あっちへ行きたまえ！

「誰だ君は、あっちへ行きたまえ！
用は無い出ていきたまえ！」

と鵜飼学長に混濁する意識の中で財前がうわごと言った後、鵜飼学長は確かに笑った。

…あの笑いは何なのか？

それはもはや財前が鵜飼が誰なのかも解らなくなっていたから、安心したのだ。

もし仮に今際の際で財前が良心なんて取り戻し、死ぬ前に鵜飼との今までの悪事や企てを話してしまったら困るのだ。

財前の意識がきちんと混濁し狂って何者かも解らなくなって最期までなにも喋らず死んでもらわなきゃ困る。鵜飼はそう考えたに違いない。

それで笑ったのだ。

財前の隠された純粋さに触れて感動していたのでそんな矮小な思惑など思い付かなかったよ。

財前の薄れゆく意識の中で、様々な装飾的なものがなくなって行き、彼の本質的なものが残った。

そして意識の最期の最後に残っていたものは、里見だった。

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