しつけ、教育とはなんだろうか?
理解ですかね?
私の父は色盲です。色が見えにくいアレです。
幼い頃は色が分からず苦労したらしく、今でも色の見分けがつかず日常生活が苦になると、酔っている時、愚痴っているのを聞いた事がある。
美しい風景、絵やイルミネーションなどの色の感動が他者と共感出来ない。ズレている事を嘆いていた。
驚いたのは父の兄はその事に関してまったく理解をしていない。そんな物は考え方一つだといった模様。
しかし、父の母、つまり私の祖母や祖父、母は色盲についてよく理解しているし、気を使っていた。
私の場合はどうなんだろう?父は生まれた時から色盲と知っていたし、家族も知っていた。
私の場合はこの年になるまでアスペルガー症候群とは知らなかった。勿論、家族も最近になって私から聞かされた。
もっと早く知っていれば、理解は出来なくとも違う未来があったのだろうか?
私は母と父が今だに嫌いだ。
私は人の言葉をそのままで受けとってしまう。今だに作り話や冗談を鵜呑みにしてしまう。素直と言えば聞こえはいいが、幼い私にとっては厄介だった。
親はしつけの文句としてよく言う言葉
「そんな事をする子はウチの子供じゃない。」とか。
「そんな事をする子はもういらん出ていけ。」と言って家から放りだしたり。
あんたは腐った目をしとるな。とか
そんな事をする子はお母さん嫌いとか。
そういう類いのしつけをする親でした。
あんたらが悪い子供じゃけ。母さんはお前らを捨てて出て行ったんよ。
とか、思いだしたらきりがない。
まだまだいっぱいある。
最近になってそれはしつけだったんだと理解した。
母さんが私を捨てたと言ったのも父の作り話、冗談だったらしい。
私にはそれが全て本当と真実と受け取っていた。
私は自己否定され続けてきた訳です。
親はしつけとして言っていた訳です。
双方に理解はなかった。
なんで自分は生まれたのだろうか?
私がいなくなったら泣いてくれる人は居るのだろうか?
そんな事を物心ついた時から考えていた。自分なんか居なくても良い存在だと思っていました。
私がアスペルガー症候群と親が知っていればしつけの仕方も変わったのだろうか?
お陰さまで、アレはしつけだったんだと理解しても感情は違う。
やはり私を常日頃しつけと称し否定し続けていた両親は嫌いです。
今でも自分は必要ない人間じゃないかと?思っています。
それを繋ぎ止めているのが音楽です。
私個人を否定しても私の音楽を好きと言ってくれる人がいる。
残念ながら我が両親は私の演奏を見た事がありません。
誘っても誘っても。
なんなの?
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