平成21年12月2日(水)晴
忘年会とは、組織や集団が一年の終わりにその一年間を振り返り、その間の苦労をねぎらい、忘れると共に、新たな一年に向けて気持ちを新たにするために行われる年中行事である。
日本の忘年会の歴史は、鎌倉時代、もしくは室町時代に始まったと言われていて、和歌を詠むなど、静かで厳かな内容だったとされているが、はっきりとは判っていない。
いくつかの由来の異なる会合が、次第にひとつに融合して生まれた、多元的起源を持つ行事であると考えられている。
「としわすれ」という言葉を用いた最古の例としては、室町時代の皇族、伏見宮貞成親王が認めた「看聞日記」で、1430年12月21日の記録として見ることができる。
江戸時代には、特権階級の人々の中で、一年の憂さを晴らす行事になった。
近代の忘年会がお祭りムードに変化したのは、明治時代からで、無礼講などのキャッチフレーズで広まった…
とされている。
それなりに意味のある会合だし、ヒヤトイマサトをはじめとする要人も参加される。
どうせ幹事やると思うし、去年の場所取りは11月下旬から始めて、それでも苦労した教訓を活かし、ナルハヤで動こうと日にちを設定しようとしたが、
要人達の、
あの日はどうだ、
この日は課長がダメだの何だので二転三転し、結局12月18日という、シーズンど真ん中という日に正式に決まったのは、11月30日の事であった。
ちょうど11月30日は、神田で飲み会があったから、ついでに甘太郎の店長に、
「12月18日、席空いてませんか」
って聞いたけど、あの2フロアの甘太郎でさえ、もはや空きのない状態であった。
「お客さん、遅いですよ。でも、麻雀の待ちと同じで、これからいろんなお店間で、大人数のお客さんが移ったり、キャンセルになったりするので、店側としては、毎年、その空きをどう埋めていくかがポイントなんですよね~」
いやいや
うまい事例えようとしたけど、どの辺が麻雀なのか、わかりま千円
しかも、その「ポイント」、
何の役にも立ってません…
まぁ、しゃあない、
「また電話するから、麻雀と同じになったら、お願いします。」
と残し、この日は終了。
忘年会クエスト2日目
ちょいと残業して、会社近くの経団連ビルを探索。
会社のタバコ部屋から見ると距離を感じないが、歩いて行くと、やや離れている。
途中、KDDIビルがあり、その中の創作料理「TAPA」を思い出す。
安いけど、創作しすぎて、よくわかんなくなってる
(冷製トマトスープラーメン的な)記憶と、座席の配置の悪さが甦り、パス。
で、経団連ビルの前に立つと、さすがにできたばかりで綺麗で、存在感がある。
なぜ、神田を一番に考えずに、「このビルで。」と考えたのかというと、
綺麗だし、なんかあるだろ
という、勝手な思い込みがあったから…
ソレダケDEATH。
期待を胸に、地下一階へ降りる。
と、大体ひとつのテナントの広さは決まっていて、さほど収容能力が無さそうである。
料金も\4,500以上と、労働者には、やや厳しいものがある。
ま、場所代が高いんでしょうけどね。
その中で、一番リーズナブルで、繁盛してたのが、
「居酒屋かっぽうぎ」
であり、飲み放付き\3,000からという良心的な設定。
大手町ガード下の「かっぽうぎ」には、理由なき飲み会で一度行った事があったが、安い割りに良い味で、しっかりと食べさせてくれた気がした。
だが、俺が店に足を踏入れて
「ごめんください」
しても、2分間位、店員さん来てくれず、放置プレイ。
ドMの俺としては、ちょいと心地よい
(喜んでる場合か)
店内のお客さん、ジロジロ見てきて。
晒し者です。
俺の顔がでかいからか
やっと来たと思ったら、「わかる者に代わりますから」
って、オイ
申し訳ありません
とか
少々お待ち下さい
も無しか。
手前、接客業5年間やってまして、日雇いでも、相当数、接客やりましたけど、これはマズイ対応だ。
だが、代わりに出てきた人の対応が丁寧で、18日の予約も取れそうだったから、まぁ、良しとする。
でも、最終的な決定は店長が帰ってきてから電話しますと。
なんじゃそりゃ。
店長、出張で12月3日にならないと帰ってこないって…
その代わりに、留守を預かる人が仕切るんちゃいますか?
でも、場所がなくて、ワラにもすがりたい俺は、妥協。
とりあえず、仮予約だ。
しっかし、このお店、一見して、50人程収容できそうだが、閉塞感もあり、宴会に向いていない。
周りのお客さんとの隔たりもなく、ここで課長に挨拶してもらうってのは、ちょっとどうか。
8名がけの長テーブルと、一枚板の長い椅子は、席替えの時にネックであり、さらに、背中合わせの所が、後の人と接触しそう。
なおかつ、女子が御手洗いに立つ時に、まさか、この板みたいなのをよっこらしょと、またげないし。
フロアの店員が2人だし、注文の際にも、店員と客がお互いにイライラしそうだ…
店作る時に、もうちょっと考えようや。
子いわく、己の欲せざるところ、人に施すことなかれ
転じて、
「お客様がしてほしいと望むことをして差し上げる」のが、サービス業のゴールデンルールである
いくら安くても、削減してはいけない何かがある
↑って、論文を社会人として一番はじめに就職した会社で書いて、人事に誉められたっけ…
(自画自賛)
とにかくここは不安要素が満載だ。
これで満足いくハズもなく、地上に上がって、大手町から東京駅まで行く途中のガード下の居酒屋に、総当たり戦を慣行!
あれだけある店舗、全て撃沈しましたよ
恐るべし。
しかも、どの店の店員も、ほとんどが、
「サーセン、もう埋まっちってます、ふっ
来るのがおせぇんだよ。しかも、今忙しいし」感がひしひしと伝わってきてね。
悲しかったよ俺は…
今に見てろってんだ、ちきしょう!
普通、残念でしたねっぽくするか、代替え案を提示するでしょう、商売やってるなら、
「よろしければ、八重洲店か神田店に、空きの状況を確認しましょうか」って来たのが、「やるき茶屋」のみ。
さすがだね、やる茶。
ヤル気が違う。
ただ、やる茶は予算オーバーなんですよ、毎年。
でも、今度、別の機会に利用しますよ…
こういう場面での親切な対応は、未来の顧客を創造する営業活動なのよね。
お客様のために、とか。
汚く言うと恩を売る、というか。
そういうの、普通勉強してないか?サービス業は?
俺ん時は、やってたけどなぁ…
それとか、何時もおじぎは90°とか。
【結論】
なんか、これだけ読むと、嫌な感じの幹事っぽいけど。
全ては忘年会のため。
しいては自分の為。
ちょいと眠くなってきたので、続きは明日にでも
シーユー・ネクスト・ステージ
忘年会とは、組織や集団が一年の終わりにその一年間を振り返り、その間の苦労をねぎらい、忘れると共に、新たな一年に向けて気持ちを新たにするために行われる年中行事である。
日本の忘年会の歴史は、鎌倉時代、もしくは室町時代に始まったと言われていて、和歌を詠むなど、静かで厳かな内容だったとされているが、はっきりとは判っていない。
いくつかの由来の異なる会合が、次第にひとつに融合して生まれた、多元的起源を持つ行事であると考えられている。
「としわすれ」という言葉を用いた最古の例としては、室町時代の皇族、伏見宮貞成親王が認めた「看聞日記」で、1430年12月21日の記録として見ることができる。
江戸時代には、特権階級の人々の中で、一年の憂さを晴らす行事になった。
近代の忘年会がお祭りムードに変化したのは、明治時代からで、無礼講などのキャッチフレーズで広まった…
とされている。
それなりに意味のある会合だし、ヒヤトイマサトをはじめとする要人も参加される。
どうせ幹事やると思うし、去年の場所取りは11月下旬から始めて、それでも苦労した教訓を活かし、ナルハヤで動こうと日にちを設定しようとしたが、
要人達の、
あの日はどうだ、
この日は課長がダメだの何だので二転三転し、結局12月18日という、シーズンど真ん中という日に正式に決まったのは、11月30日の事であった。
ちょうど11月30日は、神田で飲み会があったから、ついでに甘太郎の店長に、
「12月18日、席空いてませんか」
って聞いたけど、あの2フロアの甘太郎でさえ、もはや空きのない状態であった。
「お客さん、遅いですよ。でも、麻雀の待ちと同じで、これからいろんなお店間で、大人数のお客さんが移ったり、キャンセルになったりするので、店側としては、毎年、その空きをどう埋めていくかがポイントなんですよね~」
いやいや

うまい事例えようとしたけど、どの辺が麻雀なのか、わかりま千円

しかも、その「ポイント」、
何の役にも立ってません…
まぁ、しゃあない、
「また電話するから、麻雀と同じになったら、お願いします。」
と残し、この日は終了。
忘年会クエスト2日目

ちょいと残業して、会社近くの経団連ビルを探索。
会社のタバコ部屋から見ると距離を感じないが、歩いて行くと、やや離れている。
途中、KDDIビルがあり、その中の創作料理「TAPA」を思い出す。
安いけど、創作しすぎて、よくわかんなくなってる
(冷製トマトスープラーメン的な)記憶と、座席の配置の悪さが甦り、パス。
で、経団連ビルの前に立つと、さすがにできたばかりで綺麗で、存在感がある。
なぜ、神田を一番に考えずに、「このビルで。」と考えたのかというと、
綺麗だし、なんかあるだろ
という、勝手な思い込みがあったから…
ソレダケDEATH。
期待を胸に、地下一階へ降りる。
と、大体ひとつのテナントの広さは決まっていて、さほど収容能力が無さそうである。
料金も\4,500以上と、労働者には、やや厳しいものがある。
ま、場所代が高いんでしょうけどね。
その中で、一番リーズナブルで、繁盛してたのが、
「居酒屋かっぽうぎ」
であり、飲み放付き\3,000からという良心的な設定。
大手町ガード下の「かっぽうぎ」には、理由なき飲み会で一度行った事があったが、安い割りに良い味で、しっかりと食べさせてくれた気がした。
だが、俺が店に足を踏入れて
「ごめんください」
しても、2分間位、店員さん来てくれず、放置プレイ。
ドMの俺としては、ちょいと心地よい
(喜んでる場合か)
店内のお客さん、ジロジロ見てきて。
晒し者です。
俺の顔がでかいからか

やっと来たと思ったら、「わかる者に代わりますから」
って、オイ
申し訳ありません
とか
少々お待ち下さい
も無しか。
手前、接客業5年間やってまして、日雇いでも、相当数、接客やりましたけど、これはマズイ対応だ。
だが、代わりに出てきた人の対応が丁寧で、18日の予約も取れそうだったから、まぁ、良しとする。
でも、最終的な決定は店長が帰ってきてから電話しますと。
なんじゃそりゃ。
店長、出張で12月3日にならないと帰ってこないって…
その代わりに、留守を預かる人が仕切るんちゃいますか?
でも、場所がなくて、ワラにもすがりたい俺は、妥協。
とりあえず、仮予約だ。
しっかし、このお店、一見して、50人程収容できそうだが、閉塞感もあり、宴会に向いていない。
周りのお客さんとの隔たりもなく、ここで課長に挨拶してもらうってのは、ちょっとどうか。
8名がけの長テーブルと、一枚板の長い椅子は、席替えの時にネックであり、さらに、背中合わせの所が、後の人と接触しそう。
なおかつ、女子が御手洗いに立つ時に、まさか、この板みたいなのをよっこらしょと、またげないし。
フロアの店員が2人だし、注文の際にも、店員と客がお互いにイライラしそうだ…
店作る時に、もうちょっと考えようや。
子いわく、己の欲せざるところ、人に施すことなかれ
転じて、
「お客様がしてほしいと望むことをして差し上げる」のが、サービス業のゴールデンルールである
いくら安くても、削減してはいけない何かがある
↑って、論文を社会人として一番はじめに就職した会社で書いて、人事に誉められたっけ…
(自画自賛)
とにかくここは不安要素が満載だ。
これで満足いくハズもなく、地上に上がって、大手町から東京駅まで行く途中のガード下の居酒屋に、総当たり戦を慣行!
あれだけある店舗、全て撃沈しましたよ

恐るべし。
しかも、どの店の店員も、ほとんどが、
「サーセン、もう埋まっちってます、ふっ

来るのがおせぇんだよ。しかも、今忙しいし」感がひしひしと伝わってきてね。
悲しかったよ俺は…
今に見てろってんだ、ちきしょう!
普通、残念でしたねっぽくするか、代替え案を提示するでしょう、商売やってるなら、
「よろしければ、八重洲店か神田店に、空きの状況を確認しましょうか」って来たのが、「やるき茶屋」のみ。
さすがだね、やる茶。
ヤル気が違う。
ただ、やる茶は予算オーバーなんですよ、毎年。
でも、今度、別の機会に利用しますよ…
こういう場面での親切な対応は、未来の顧客を創造する営業活動なのよね。
お客様のために、とか。
汚く言うと恩を売る、というか。
そういうの、普通勉強してないか?サービス業は?
俺ん時は、やってたけどなぁ…
それとか、何時もおじぎは90°とか。
【結論】
なんか、これだけ読むと、嫌な感じの幹事っぽいけど。
全ては忘年会のため。
しいては自分の為。
ちょいと眠くなってきたので、続きは明日にでも

シーユー・ネクスト・ステージ