予兆はあった
半年ほど前から母はある病(病名は伏せるが命にかかわる病気ではない)にかかっており動きに多少の不自由さを感じるようになっていた、そして2ヶ月ほど前から少し動いただけで息を切らしてしんどそうにしていた。本人から寝起きに失神してしばらく気を失ったという話も聞いた。
少し心配はしたが半年前からの病気と関連づけて息切れは運動能力の低下、失神も立ちくらみ程度のものを大袈裟に言っているのだろう、命に関わるようなものではないはずだから大丈夫、そう思っていた、思おうとしていた。
自転車で病院にかけつけた。受け付けで案内を受け家族待合室に入る。父親の姿は無い、とりあえずベンチに座って待つ。思っていたよりは落ち着いていたと思う。きっといまだに大したことは無いとたかをくくっていたのと、状況をうまくつかめてなかったのだろう。
しばらくして緊急室らしき所から高齢の男性が出てくる。少し戸惑う。向こうも戸惑った様子でこちらを伺ってくる。戸惑いのコンタクトを少し繰り返し確信する。これは父親だ。
要領を得ない説明に苛立ちを覚えながら聞き出した情報、とりあえず現状意識もあり命に危機がある状態では無いが、2、3日間は急に状態が悪くなって危篤におちいる可能性がある。
油断は出来ないとはいえとりあえず命の危険が無い事に少し安堵感を覚える。
しばらくしたら看護師さんが来て面会させて貰える事になった。
ベットに酸素マスクを付け横たわる母親をガラス越しに見る。扉で区切られた病室。部屋に入ると母親がこちらに気づき何かを話す、マスクを付けている影響もありよく聞き取れないが思っていたより意識もはっきりとしているようだ。「大丈夫、大丈夫」と言いながら母親の手を握る。いつぶりかに握った手。母親も強い力で握り返してきてその力に少し驚く。父親と2、3言言葉を交わしているうちに母親の様子がおかしくなる。苦しそうに酸素マスクを外して何かをしようともがいている。父親がオロオロしながら部屋の外に助けをもとめに行く。自分はもっとオロオロしながら立ちすくむ。すぐに看護師さんが来て母親を横向きにして口に袋をあてる。えづく母、吐き気をもよおしていたのだ。自分は背中に回り母親のさする。母親の患者服がはだけ足が見える。ふくらはぎに比べて痩せ細った太もも。思わずハッとする。
自分達がいると母親が無理して余計具合が悪くなりそうだと悟り、そこそこに病室を出る。
家族待ち合い室に戻り再びベンチに座る。しばらくしてらかトイレに立ち個室に入る。止めどなく涙が溢れる。母親の状態に気づかなかった自分、ふしらだな生活を続けていた自分、そこに母親の苦しそうに嘔吐する姿、痩せ細った太ももが結びつき、自分はとんでもない事をしてしまったのだと激しく自責の念がおしよせる。