今夜4月14日(土)と21日(土)に放送される、NHK土曜ドラマスペシャル「あっこと僕らが生きた夏」。何か久しぶりに泣けました。


2007年、夏の甲子園。大分県代表の楊志館高校が、初出場ながら全国ベスト8という快挙を成し遂げました。その快進撃の裏には、女子マネージャー「あっこ」の存在がありました。16歳でがんが見つかったあっこを励まそうと、野球部員たちはひたむきに甲子園出場を目指します。また懸命に病と闘うあっこの姿が、野球部員たちに勇気を与え、絆を強くします。あっこにとって仲間が待つグランドはますますかけがえのない場所になっていきました。そして最後まで大切に命の炎を燃やし続けたあっこの姿が、人々の記憶に刻まれました。あっこが闘病中、人知れず書き綴っていた日記には、家族や仲間への思い、そして自身の揺れる思いが記されていたのです。
これは、その日記に綴られた想いを元に描く、実在したひとりの少女と仲間たちの物語です。

そうなんです、この話は本当にあった話をドラマ化したものなのです。
私、こういう青春ドラマ大好きです。前編みていて涙止まりませんでした、
ついに甲子園出場を決めました。
でも・・・・彼女は応援に行けません、来週の展開は結果はネットにて知っていますが、感激ものです。

災被害状況は、今朝の新聞によると、死者約1万6千人、行方不明者約3千人、避難者34万人と想像を絶する多くの被災者であるが、一日も早い復興を望みつつ厳しい日々を送られているそうで、今夜のテレビ報道を見ても何とも辛い思い一日になりました。

大震災以来、我々の周辺でも自主防災会への期待が高まり、「自分たちの安全は、地域で守る」と、動き出してはいるが、形は出来ても参加意識が低く、魂が全く感じられない状況が続いております。

午前に私が住まいして主催している町内の集まりがあり、鎮魂の思いで冒頭に黙祷を捧げました。

「絆」・「がんばろう・日本」など、震災をきっかけに人と人の繋がりの重要性が叫ばれていますがが、希望を胸に今こそ痛みを分かち合い日本の本当の力を結集しなければならないときであろうと、今日は今一度思う日になりました。

過日24日25日と、
仲間10人と知り合いのバンケットやっているお馴染みお姉さん3人組とバスツアー「お伊勢参り」に行ってきました。一昨年になりますが、家族でお伊勢さんは行っているのですが!

未明の5時に長野駅前集合です!5時半から走るバス中で宴席になりました。
仲間の方のある奥さまの1人が好意で作られた、人数分のサンドイッチ・カレー味唐揚げ・煮卵・卵焼き等々で楽しい朝からの大宴会で一路伊勢へ!

今回、正式参拝をお願いしてあるので、途中スーツに着替えてアルコールも抜いて一寝入り!11時半ごろ着きました。今回の目的である日本随一のパワースポット「伊勢神宮」の正式参拝をしました。
宇治橋を渡り参道の玉砂利を踏みながら・・・・今回は、あらかじめ申し込みしてある正式参拝が目的でもあるので、正装で社務所に行き正式参拝の旨を係りの方に伝えると、記帳を求められる。手続きが済むと我々は宮司の案内で左にある宿衛屋の前に並ぶ。御正宮の管理者と言うか神官に宿衛屋横で御塩でお清めを受けて参進。 入った垣の内は、ひとつ中に入っただけだがその重みは全く違う,何と言っても内宮の御正宮には「天照大神」さまが祀られています。恭しく二拝二拍手一拝後、神官に従って再び外玉垣の通用口を潜り宿衛屋まで帰る。ここで張り詰めた気持ちが少し和らぐやったことはなんでもないことのようである.時間にして僅か10分足らず。外玉垣の外で拝し拍手しようが、外玉垣の内でしようが同じ事のように思えるが、心を引き締める感じを覚える,これが厳粛な儀式と言うのだろうか。そんな不思議な気持ちを抱きながら御正宮の階段を下る。・・・・・・パワーを頂きました。

昼は、おかげ横丁にある創業明治42年、伊勢和牛の老舗「BT」に行きました。名前の由来ですが、牛肉があまりにも美味しいから 豚なんか捨てちまえ」と客が投げ捨てたことからつけられたという伝説があるそうです。
牛の網焼きでした、松坂牛はとても、解けるように美味しく頂きました。
その後、「二見浦の夫婦岩・二見神社」へ、前回来た時は11月22日で(イイフウフ)の日で、和やかで賑やかだったのですが、この日は強風で寒くそ早々に退散!鳥羽水族館へ、規模も大きくイルカのショーもあり、楽しい時間になり女子部も喜んでみんなで童心に戻りました。

ホテルに入り宴席は、お決まりのカラオケや、ゲームも入れながら楽しい宴席になりました。バンケットの女子部は同席だったのですが、あくまで仲間と言うことで唄い踊り楽しい宴席でした。宴会後、疲れもあり2次会も早々でマッサージして爆睡!

翌日は、海産物買い物から。(昨年は、千葉房総で駅伝と重なりフェリーに乗り遅れた事件があったのですが)今回はすぐ近くが埠頭になって普通に載れました。知多半島へ伊勢湾なかを小一時間ですかね、波も穏やかかでかもめも近くまで来たり良い船旅になりました。
さて愛知に上陸して、観光名所の椰子の実の碑・新居関跡を見学して、
浜名湖畔の鰻屋の「浜名湖うなぎ処K」へ、団体で行ったので、用意はしてあったのか早く出てきた。鰻屋は普通はもう少し時間がかかるものだが、、、、
食べてみてわかったが蒸し行程を入れてないようである蒸しを入れると口の中でホワとほぐれる食感となるが,これはこれで身厚で皮も食感があって香ばしい浜名湖ならではの物か?これは旨い、鰻自体のコクは関東風より強い、そして身厚であるそれに勝る強いタレ、ご飯にはとても合うやはり鰻は捌きたての焼きたてに限る。
満腹中枢も満たされバス乗車後は爆睡して、気が着いたら長野県境に入っており、仕切り直しで反省会で残りの飲みものをかたずけて、予定時間に帰宅できました。気の合う仲間の旅行ですから、気使うこともなく楽しい旅行でした。
途中ハプニングはつきものでいろいろありましたが、賑やかなバスツアーでした。

「せめて一生に一度はお伊勢参り」。神々に日頃の感謝をこめて、江戸の昔から多くの人々がこの地を訪れたと言います。”すべてのものには神が宿る”と考えた日本人の人となりを感じる、とってもやさしいエピソード。いにしえの人々を見習って、神様へ感謝を伝える旅に出てみては?瞳を閉じて心を鎮めれば、見失っていた大切なことに気づけるかも。日本随一のパワースポット・神々のパワーと清らかな空気に疲れた心も癒されるでしょう。

007kenさんのブログ

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2月になって日射しも違い、陽も長くなりました。
春近しと思う今日この頃です。

今夜会社帰りにスポーツジムで、

お気に入りのMイントラさんのエアロビクスの

lessonで良い汗かけて、

至極満足な気分ですが!


帰り道に狼男が吠えそうな、

黄色に映ったお月さまが、

一昨日が満月だったみたいですが、

素敵なお月さまでした。


お気に入りの「満月」の話を!

ーーーーーーーーーーー☆007kenさんのブログ

「満月」は、好きですか?
何故か神秘的で、見ていて吸い込まれそうです!
満月の夜は血がさわぐ???
今月は一昨日が満月でしたが、見逃しました!
好きな話があります・・・どうってことない話ですが
・・・時空を超えてく、また好きな北海道が舞台で、
お気に入りの話です。
この作品を知ったのは、同名の映画を先に観たからでした。

原作は、20年前の原田康子、朝日新聞連載です。
映画の方の題名は、『満月 MR.MOONLIGHT』
という副題がついたものです。
主演は時任三郎と原田知世でした。
主題歌はビートルズの「MR.MOONLIGHT」をP
RINCESS PRINCESSがカバーしています。
これがなかなか良かったんですよ。
公開は1991年とありますから、もう18年も前になります。
もうそんなに経つのかと、今、感慨を新たにしました(笑)。
時代を超えた、プラトニックなラブストーリーです。
女性の方は、結構気に入るんじゃないかなぁ。
あんまり気に入ったので、ビデオまで買いました。
今でも、時々引っぱり出して観ています。
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内容は、タイムスリップものです。
…とは言え、SFかというよりは、
ファンタジー色が濃い感じです。
舞台は北海道。高校教師のまり(原田知世)が、
満月の夜、愛犬の散歩途中に豊平川の河川で
武士の格好をした変な男(時任三郎)
と出会うところから始まります。
 その男の名前は、杉坂小弥太重則。
津軽藩の武士だというのです。
 とうてい信じられる話ではありませんが、
こんな妙な男と関わるわけにもいかず、まりは小弥太から逃げます。
小弥太にしてみれば、「こちら」で初めて会った人間です。
彼はなんとかならないかと、彼女を追います。
まりの家は、まりの母方の祖母貞(さだ・映画では加藤治子)
と二人暮らし。小弥太を変質者だから警察へ通報しようとする
まりをよそに、貞は小弥太をあっさりと家へ上げ、
事情を聞き始めるのでした。
 
話によると、寛文10年、エゾの松前藩にコタン
(現代のアイヌ)が反抗したシャクシャインの乱が起き
、それを公にしない
松前藩の動向を探るために、小弥太たち、
津軽藩の武士が密偵としてエゾに潜入したと言います。
 任務は終了し、津軽へ帰ろうとしたところ、
松前藩の役人に追われ、結果、
小弥太は独りエゾに取り残されてしまいました。
それからコタンの地で帰る機会をうかが
うべく、2年の歳月を過ごしますが、
その機会はなかなか訪れようとはしません。
 どうしても津軽に戻りたい小弥太は、
コタンの老婆、フチに一年間だけ帰れるまじないをかけてもらいました。
それは、十五夜の夜、満月の夜にしか効かないおまじないでした。
 ところが、小弥太がたどり着いたのは津軽ではなく、
300年後の札幌だったと言うのです。
 
貞は信じたのか、小弥太を世話をすることにします。
まりは初めは気に入らなかったのですが、彼の過去の話を聞くうちに
少しずつ、小弥太を理解していくようになります。
カルチャーショックの連続で、ひとりで外を歩けない小弥太を世話する
まりの気持ちが、義務から愛情に変わるのもわからないではないでしょう。
 小弥太もまりを愛するようになるのですが、
300年前の過去では、小弥太には妻と子がいるのでした。そして、この
まじないにはタブーがあり、「共寝」をすると、
速攻コタンへ引き戻されてしまうというものでした。
まりと小弥太は、
「そういう形」では愛し合うことは出来ないのです。

 二人がそんな気持ちに気付いて悩みはじめた頃、
まりの知り合いの好奇心から、小弥太の存在がマスコミに知られることに
なってしまいました。それは、彼の持ってきた刀が原因でした。
 結局、刀は取り上げられてしまいます。しかし、
まじないが切れるであろう、次の十五夜がもう近づいてきているのです。
刀がなくては、小弥太は向こうへ戻ってからが丸腰です。
なんとか次の十五夜までに取り戻さなくては…。
 それから、まりと小弥太、貞と理解ある周りの人々との、
刀を取り戻す計画が練られていきます。
 
…と物語は流れていきます。
この先の物語は、ぜひ、ビデオを観るか、
小説を読んで欲しいと思います。なかなか、
素敵なラブストーリーですから。 
映画の方は、時任三郎演じる、
杉坂小弥太重則がとてもいい味出してます。いかにも武士です。
彼は、300年前の武士を
演じている現代人なのに、本当に過去からタイムスリップ
してきたんじゃないかと説得出来るほどの、
現代にそぐわない 違和感を醸し出しているのです。
小説では、どうしても直らない「武士言葉」
がその雰囲気を作り出しています。
 小弥太が仕える、津軽のお殿様役には、
柳葉敏郎が。津軽言葉の殿様がいい感じです。
彼が考案したねぷた祭を、現代で
小弥太が観て感激するくだりや、
まりの現代での恋人、保(映画では石黒賢)が、まりと小弥太を理解し
、協力してくれる
いい人ぶりとか(笑)、現代で自分の家の墓があった寺を訪ね、
過去帳からその後の小弥太がどうなるか、小弥太自身が
知ってしまう衝撃的なくだりとか、本筋を引き立てる小さな物語も、
なかなかよく出来ています。
 それから、貞というおばあちゃんが、いいキャラクターなのです。
賢くて、柔軟性に富んだ考えの持ち主で、
まりを
からかっているようで、実は上手に小弥太をフォローして
やれるように、遠回しに配慮してくれてるような人なのです。
 もし、貞おばあちゃんがもっと若い頃に小弥太が
タイムスリップしてきたら…。と貞おばあちゃんは思っていたかも
しれません。実に、よく小弥太に尽くしてくれるのです。
まりをからかうのは、それが自分ではない嫉妬からなのでしょうか。
 小説の方は、まりの一人称で物語が語られていくので、
まりの切ない気持ちに同調することもあると思いますよ、
女性の方。
そしてそして最後、奥井香の「ミスタ~~ ム~~ンラアァ~~~イ♪」
というのがなんともマッチしてるのがこれまた
いいのもお勧めしておきましょう。映画の方ですけど。
 
そして、もし、どちらかを観ること、
読むことがあったら、観た後、読んだ後に、この詩を読んでみて下さい。
これは、映画のパンフレットに載っていたものなんですが、
その後に読むと、ただ読んだときとは違う、切なさを感じるのではないかな、と。


今日は立春、最大の寒気団が通り過ぎて、長野市内はそう積雪も無かったです。来週末も寒気団があるみたいですが、

陽も長くなり「冬来たらば 春 遠からじ」ですね!

私は、クラシック♪は不調法ながら、 ヴィバルディ四季冬(Areguro non molto)第1楽章が好きです。

それは大昔・・・、ANN全日空の機内のインフメーションで離陸の時に、
やっていました。

あのころから旅行に行くとなれば、昔のウークマンやいまのiPhoneや愛車のナビに♪入れて、旅立つ時に未開の地に夢をはせて気合い入れるのが、それが儀式になっています。

もうこれを聞くと凄く刹那的になるのと・・、逆にこれからの希望に湧く心が躍る自分がいます。「冬」の第1楽章の激情的な高揚感これしかないでしょう。 バイオリンの音が力強く、風に舞いながら雪に変わって行ってしまう気もしますね。あなたのお気に入りの音楽♪は、何ですか?

007kenさんのブログ

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大寒と立春の間!先週土曜日が大寒で、来週土曜日は立春です。何かこの冬一番の-50度の寒気団がこの週末に来てます


ここ1週間は断続的に降り続くみたいです!

つい先日みなさんにあけおめ~などとご挨拶をしたばかりなのに。連日寒い寒いと言い続け口癖のようになっていますが来週には暦上の立春です。

「冬来たらば 春 遠からじ」と言うように

必ず春はやってきます!南の方はもう少しで、寒さに耐えて梅や椿がそろそろ咲き始め、春はもうすぐですね。ここらも好きな花でオオイヌノフグリは3月だなぁ



今から待ち遠しい思いです。まだ少し寒い日々が続きますが
風邪などひかないように注意しましょう。


今日は半日出社、午後と明日は、減量作戦エアロビクスです

過日12日は誕生日の日でしたが、東京でメーカーの新年祝賀会が夕方あって昼間は得意先をまわりをしました。・・・で大失態しました。



①長野新幹線で10時8分のに間に合って乗ったは良かったものの、まず秋葉原の取引先へ行こうと思いつつ・・・上野駅で降りれば

、・・・でもその新幹線は、長野駅から途中は大宮駅のみしか停まらずに東京駅へ直行便で、上野駅は素通り!




②(これが一番の大失態)秋葉原で昼食を頂きつつ、赤坂の得意先が

「早く来てくれ」と言うので、あわてて


日比谷線で小伝馬町駅から日比谷駅で千代田線へ乗り換え・・・赤坂駅に停まったので、

手土産と

傘を持ちつつ・・・

急いで降りました。階段まで歩いて・・・片手が軽くて!!!

「あぁ・・・・・・・・・・・

セカンドバックが!」そうです・・・座った座席に両側に荷物置いて、肝心なバック方を忘れて降りてしまったのです!



あわてて赤坂駅に駆け込んで、いまの電車のどこら辺の車両で座席はどこらあたりかと・・・!メトロの職員さんは早速電話して・・・・・・・・・・・・・・・・・・・捜索かけてもらいました。

ドキドキして10分程待ったら、『ありました』と電話があり、ラッキーと思いました。・・・で「届けてくれるのか?」問いただしたところ・・・「ご自分でその駅へ引き取りに行ってください」そうですよね、当たり前のはなしなのです

その駅は代々木公園駅でした。で160円また払いながら乗って代々木公園駅へ

!ありました僕のセカンドバックが!



涙チョチョギレそうでした。バックが見つかったのと・・・それと…

代々木公園駅は、その昔・・・大学のころ住んでいた渋谷区富ヶ谷・NHK前の最寄りの駅だったのです。小田急線では代々木八幡駅です!

駅を出てしばしそのあたりを歩いて

・・・・・・・

青春がそこには、思い出が沢山舞っていました。昔住んでいたアパート

は、立派な

マンションが出来ており、大分変ってはいましたが、しばしタイムスリップしてしまいました。






③その後もう2軒たち寄って、

ホテルへと日比谷線へ

乗ったはいいものの、しばし走ったら・・・・・あれ

?逆方向に乗ってしまいました、六本木駅で方向転換、やれやれ!



①②③で1時間は損をしてしまいました。が、代々木公園駅に何十年ぶりに降りてかえって良かったかも!

④新年祝賀会は、某ホテルで

・・




!ただ乾杯前の、前日銀総裁の福井さんの話しが長かった!)
お取り持ちも良く・・・抽選会で

ウォークマンも当たって、至極満足でほろ酔いで、ホテルから帰路東京駅へ

タクシー乗り込んだら、またまた昼間に買った

をすっかり忘れていました。

残ったのはホテルの傘のキーだけでいしたが、まあ傘は500円なので!(ホテルのドアボーイさんごめんなさい)あぁセカンドバック見つかって本当に良かった、
「ありがとうメトロの職員さん達へ感謝!<(_ _)>」
とんだ誕生日の上京編でした。
あぁ恥ずかしい!



セカンドバックがタイムマシーンになって、代々木辺りに、タイムスリップして連れてってくれたのですね!・・・そう考えたい!!!
懐かしい代々木公園駅降りて、向かいの小田急の代々木八幡駅も見て、この唄を思いだしました。歳もばれてしまいますが(プロフに載ってるか!)この歌詞ですが、、
昔は携帯も無い時代、駅の待ち合わせに使った

懐かしい伝言板なんて…あって使いましたね?





改札口でいつも君のこと
いつも待ったものでした
電車の中から降りてくる
君を探すのが好きでした
悲しみにとざしていたら
花屋の花も変わりました
ぼくの街でもう一度だけ
熱いコーヒー飲みませんか
あの店で聞かれました
君はどうしているのかと

伝言板に君の事
ぼくは書いて帰ります
思い出だずねもしかして
君がこの街に来るようで
ぼくたちの愛は終わりでしょうか
季節もいつか変わりました
ぼくの部屋を訪ねてきては
いつも掃除してた君よ
このぼくもわかりません
君はどうしているのでしょう

買い物でにぎわう街に
もうじき灯りがともるでしょう
ぼくは今日も人並みさけて
帰るだけですひとりで
この街を越せないまま
君の帰りを待っています





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友達が社用車(Nのメーカーの人間)に購入したリーフ(電気自動車)に乗ってきて私に試乗しろと言うので、話の種で乗ってみました。

運転方法ですが、電気自動車(EV)であっても、基本的には従来車と同じです。右にアクセルペダル、左にブレーキペダル(反対だったらこわいなぁ)。 アクセルを踏んだら動き出します。
けど、始動方法が違います。先ずは、エンジスタート、いやいやちがう・・、パソコンの電源オンみたいな感覚。これは、インパネ左下方にあるボタンを押すだけ。

当然この時は、ブレーキを踏みながら、オートマでいうところの「P」になっていなければなりません。これは、通常のシフトレバーと同じ位置(運転席左横)にボタンがあって、これをセンター位置にしておきます。 音は何も聞こえません。インパネの色んな表示が点るだけです。
運転席左のボタンをセンターから右側に倒すだけで、準備完了です。発車オーライ!

ブレーキペダルから足を離すと動き出しました。 パーキングブレーキは、自動的に解除されます。思いっきりアクセルを踏み込むと、心地よく加速していきました。

EVの特徴の1つは、トルクの大きさ(リーフの場合、V6 3000ccクラスの車と同程度だそうです。)シフトレバーはありません(オートマでもありません)。ホントにアクセルを踏むだけです。従来車のエンジンブレーキに相当するモードはあるそうなので、ご安心を。

もちろん、走行中にエンジンの高鳴りは聞こえません無いのですから・・・ハイブリットカーとも違います。
静寂性と高トルク、 まるでリニアモーターカーですね新幹線の加速と同じ感覚です。まるで高級車です。



これは未来の車です、何十年後はみな電気自動車になってしまうでしょう!しかし今は400万円の以上の値段、充電のこともあり、買ってみてわ?と言われてもまだまだ実用性には??考えてしまいました。(?_?)

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だいぶ経ちますがに星野富弘美術館へ行って来ました。朝6時に出発して一路群馬へ、長野道から北関東自動車道へ乗り継ぎ、3時間で渡良瀬渓谷の湖畔にたたづむ現地に着きました。


星野富弘さんは、首から下の手足の自由を、失っています。23歳の時に、中学校の体育教諭として、クラブ活動の指導で宙返りの模範演技をしていた時に、頚椎損傷したのでした。入院2年後から、口に筆をくわえて、文字や絵を描くようになったとのことです。

口にくわえた筆で、文字と絵を描くことは、大変な努力・努力であったと思います。身体の不自由な方のほうが、必死な努力を重ねていて日々の努力の大切さを、教えているように思えます。


草花をスケッチし、それに詩をそえた画風。心の弱さを乗り越え、強さを手に入れる間に気付いた優しさ、私も正直な感想を続けます。
まず気が付くのは、その多才な表現力。詩だけではなく、文字・色・デザイン、それらが、様々な視点から立場を変えてうったえてきます。
弱い心、強い心、おどけた心、思いやる心、それらがひとつになって星野富弘さんであり、自分なのだと気付きます。
けっしてわかりづらい詩画ではないんです。むしろとてもわかり安いのですが、ひとつの花と語り続けることで認め合う気持ちは、不自由な体だからこそ、たっぷりとある時間が、無駄な時間ではなく、全てのものと、語らい考え創造する時間となり、私達こそ大切なものを置き去りにしていることに気付かされるのです。

展示されているたくさんの作品と、そこに込められた思いは、私には何十年たっても気付かなかったことなのかもしれません。
見終わった後に、為になる講習を受けた後のような、少し成長したかのような満足感に包まれました。


中でも父のことで、この詩と絵を見つけました。ちょっと無口で人付き合いが無器用だった父を思いだし、こんな場面もあった時に、笑ってあげてたら・・・と思いました。




「ヒヤシャンセが咲いたど」
父はヒヤシンスの花を
そう呼んで
自分だけのユームアに
ひとりで笑った
・・・あの時一緒に
笑ってあげればよかった・・・
父のいない庭で
小さな声で言ってみる
「ヒヤシャンセが咲いたど」



母のことでこの詩と絵を、星野さんの有名な作品ですが・・・生前にもっとささやかでも親孝行がしてあげてたらと、悔いが残るばかりです。



神様がたった一度だけ
この腕を動かして下さるとしたら
母の肩をたたかせてもらおう
風に揺れる
ペンペン草の実をみていたら
そんな日が
本当に来るような気がした

絵を紹介できないのが残念ですが、今度近くに行ったら寄って直に見てください。

大分前になりますが、正月に京都に行ってきました。

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年末にチラシが12日ほどまえですが入り、「京都初詣ツアー1泊2日」に急に行くことになりました、往復バスでホテル朝食ついていて現地ではフリーで格安です。



朝の4時半ごろの集合で、女性の運転手さんで元バスガイドを思われるので、

道中、ドライバー・バスガイド・添乗員で一人三役で、道中楽しかったです。

正月2日の京都入りは例によって渋滞して混んでいましたが、ベテランドライバーなのでルートを選んでなんとか昼にホテルに到着しました。



ホテルに荷物を置いて、まず「八坂神社」へ、物凄い人ごみで10月に地理は分かっていたので、人をかきわけて「ご利益を願って」お札とおみくじを!そこから円山公園へ歩いていき、「知恩院」へ、何か改修されていましたが、浄土宗の本山の伽藍が見事でした。で、そのと隣の前回行けなかった!、



「青蓮門院へ」ここは皇室ゆかりのお寺で、お庭が見事で私の過去の記憶では一番行きたかった寺でした。たまたま国宝の「青不動明王」が御開帳になっており、見事なお不動さんを拝め寄進して願い事書いてきました。



次は「南禅寺」ちょっと距離があるので、タクシーにしました。4時半の拝観時間ぎりぎりだったせいか、拝観料は取られませんでした。ここも大きな伽藍で奥の各所の庭も見事なこと、枯山水もあって「龍安寺」に負けづ劣らず良いお庭でした。出てから有名なレンガ造りの水路で写真を!ここから夕暮れになってしまいましたが、人がもう居ない哲学の道を30分くらいかなもの思いにふけないで散歩したました。



今回のホテルは二条より北の辺ぴなとこですが、隣にデパート?あれはスーパーかな?建物が併設されておりとても便利でした。その中の食事はホテル内の、「回転ずし」に決め部屋で大分飲んでからいざ出陣へ、あらかじめ予約もしてあったので混んでるなかすぐ席に着きました。予算も無く安価なものを・・・

と選んでいたのですが、目の前に「大トロ中トロのお造り」が流れて来て、食欲は理性に勝りました、「ハイ・・・・・・!脂がのって美味しかったです」値段もかなり高かったです!



翌日は二時半の集合で時間なく、近くの下賀茂神社とあと・・二条城だけと思い、ホテルでタクシーを呼んでもらいました。来たドライバーは、年配?の女性ドライバーでした。道中詳しく歴史案内されていたので、・・・一時まで貸し切りに観光案内をお願いしてしまいました。二条城はあいにく本殿中は未公開お休みで、庭等散策しましたプロの案内人さんが付いていると、細かな歴的背景からのことを教えてもらえるので、歴史好きの私にとってラッキーでした。で、時間も限られているので。あとのコースはお任せ、・・・・・・・・・

これが大当たり、私は小さな通が行く様なお寺をお願いしました。



まず「源光庵」

源光庵には、門が唐風で京都でも珍しいです。丸窓は「悟りの窓」と呼ばれ、円型は「禅と円通」の心を表し、円は大宇宙を表現。

角窓は「迷いの窓」と呼ばれ、角型に「人間の生涯」を象徴し、生老病死の四苦八苦を表している。いずれも仏教の真理を表わしている。

双方の正面からだと丸窓には建物が見えてしまいます。

中には円形の「悟りの窓」、方形の「迷いの窓」という一対をなす二つの窓があります。「悟りの窓」では禅と円通を、「迷いの窓」は生死病死と四苦八苦という、仏教の基本要素を表現しているといわれています。

<悟りの窓><迷いの窓>

この窓から切り取られる1月でしたが眺めはあまりに美しすぎました

!秋になると窓から色とりどりの紅葉が真っ赤に染まるのがでも見られるようです。ああ!また秋にもう一度行きたい!

2つの窓以外にも、廊下の天井のは伏見城の遺構といわれている「血天井」と呼ばれる天井があります。この源光庵は、JR東海「そうだ、京都へ行こう」のポスターにも使われたそうです。あれをみたら、そりゃ行きたくもなりますよね。。



それから「大徳寺」へ、大徳寺塔頭の一つで大徳寺山内。でもここは一休和尚で有名なお寺なんですけど、そこはお寺団地のように10軒位固まっていました。



私達は行ったのは「高桐院」表門を潜ると、これまでの境内の風景が一変、楓と竹林の青葉の美しさと緑の濃さに圧倒されました。庫裡へ向かう長い石畳の参道は、紅葉の頃はカメラマンの被写体として人気。玄関から本堂へ。 本堂南の庭は竹林を背景にした楓と石灯籠、緑苔で構成された簡素な庭園。赤い毛氈に座ると、表門を潜ったときに見た楓の青葉が瞼に重なり、清楚・簡素・静寂など、いずれにも似合う庭園であることを強く印象に残すことにななりました。

本堂脇から、庭園へ降りることが出来、飛び石伝いに庭園を回ることが出来ました。庭園奥には、細川忠興とその夫人ガラシャの墓とされる石灯籠がありました。この石灯籠は千利休が愛用した灯籠であったが、秀吉が欲しがったため、灯籠に一角を壊して召し上げられるのを逃れたといわれる灯籠。利休が切腹の前に遺品として三斎に贈ったものと伝えられているそうでした。



観光地行けば気の効いた、ドライバーの説明に限りますよね?

その後。「下賀茂神社」へ送ってもらい、彼女とはまた再会をお願いしました。



前回よりも時間的に半分より少なく余裕が無く、「京都2日間とも半日コース旅行」だったのですが、密度の濃い「京都初詣」?になりました。これぞ行きたかった「京都」でした、知る人ぞしる、源光庵とに高桐院には、季節代えて春か紅葉に再度行ってみたくなりました。またあのドライバーさんに頼もうかな!