結婚してからLIVEに行くのは我慢していたけれど
近くの市まで剣さんたちが来てくれるらしいので
来年は思いきって行くことにした

子ども2人を見るのは大変で預かってもらえないので長男だけ連れていこうと思う

子どもを預けて夜に
神戸まで出かけられるのはもう5~10年ぐらい先で、それまで我慢だと思っていたので
すごくうれしい

田舎まで来てくれるなんて
ありがとう
近所の子どもらに
モヤモヤしていることを
ご近所のママさんにきいてみると、
全然仲良くない初対面の男の子の家に勝手に入ってきて仮面ライダーソーセージを食べてたらしいとか、
トミカ持って帰って良いか、しつこく聞いてきたとか、
自分の親にバレないように「ガムもってきて」と近所の子に耳元で こそっと言ったりとか、
ご近所さん達もモヤモヤしているらしいことが
分かった


ご近所さんも、ネット上でも
ほったらかしにされてる子は カギかけて入ってこれないように
対策をしよう、みたいな感じだった

ほんとにそんなんで解決するのか、
長い目で見ると、まったく解決にならない気がするが
仕方ないのかな

神戸新聞には、月に2回
昭和の写真が載るページがあり、
70代の方が、4歳のときの写真で
兄と母と近所のお姉ちゃんで撮った写真が載っていた

病弱な母にかわり、近所のお姉ちゃんが兄とわたしの面倒を見てくれました、というようなコメントつき


めったに写真なんか撮らない時代に
いっしょに撮ろうって言える近所づきあい

近所のお姉ちゃんが子守りしてくれる時代


いまは もし何かあったら、とか、習い事が忙しい、とか、損している気になる、とか
で あまり無いかな
意外と今もあるのかな



小学1年生のときに
稲刈り、お米の作り方について調べてくる宿題が出て、
近所の同じクラスの男の子と、二人で父の車に乗って、田んぼの多い町まで連れていってもらい、コンバインで稲刈りしている見知らぬおじさんに
話しかけて、
稲刈り方法やライスセンター(?)で乾燥させる方法を教えてもらい
紙に書いて帰ってきた

何日か経って、その友達の家で遊んでいるときに
「晩ごはん食べていく?」と言われて
ごちそうになった

ハンバーグやケチャップの味付けのスパゲティーで、すごくうれしかったような。

母はいつも父にあわせて献立を考えているので、
父の嫌いなハンバーグ、丼もの、スパゲティーなど子どもが喜ぶメニューは1度も出てこなかった

友達のお父さんは散髪屋さんだったから
いま思えば、そんな宿題が出ても、土日に連れていってもらえないから、
お礼に友達のお母さんが食べさせてくれたのかな~

我が子にそんな風に行き来できる友達ができるのかなあ
わたしが苦手なホームパーティーみたいなのは避けてたらダメなのかもなあ

親もホームパーティーはしてなかったし
なんとかなるかな


70年前や30年前よりは
わずらわしいことは排除するというか、
波風たたない社会になっていて、
友達づきあいも親のつきあいもドライになっているとか

カギかけて、入ってこられないようにしても
他の家に入っていって
同じことの繰返しなんだから、よその子にも根気よく教えるのが
いいんだろう

地域で育てる、とか、分け隔てなく よその子にも接する、と口で言うのは簡単

我が子そだてるだけでも疲れているのに
実践はなかなか
今回の風邪は4日で治った

妊娠中とか授乳中は1か月に2回は風邪ひくし2週間ほど長びくし、
歳かな~と落ちこんでいたけれど、やっぱり妊娠中は抵抗力がさがるって本当だったんだ

 
地元の郵便局に切手を買いに行くと
聞き慣れない言語が聞こえてきて
中国っぽいコートでロシア人っぽい帽子とブーツのおばあさんと
日本人に見えるお母さんと小学生の女の子が
韓国語のような中国語のような言葉で話していて
お母さんは日本語ペラペラ日本人のように上手に話していて、
郵便局の人がひとこと
「ここにモンゴルって書いてください」


おぉ~
こんな田舎にもモンゴルの方が!
モンゴル語をはじめて耳にした!と

なんだかうれしかった

普段 目にするモンゴル語と言えば、
力士の本名ぐらいで
ドルゴルスレン、しか知らないけれど
モンゴルも都会よりスーホの白い馬みたいなところを
体験してみたら、
心配や争いなんて、とるに足らないことだろうなあ