皆様、御無沙汰しております。
もんもんのおっさんです。
久し振りの近況報告です。
5月でトラちゃんは11歳になりました。もう、お爺さんです。でも、毎日朝晩、小一時間散歩してます。元気に毎朝5時起きで散歩しております。
もんもんのおっさんは、することがないので5月と8月の2回、400ml全血しておりました。
献血の前以外はほぼ毎晩ビールを2L晩酌してました。マラソン大会もないし、呑んだくれのおっさんです。
この夏、長雨で趣味のロードバイクも出走0回です。このまま冬眠しそうな勢いですわ。
さて、本題の骨髄ちゃんの話題に入ります。
7月9日で末梢血幹細胞提供から3年が経ちました。時が経つのは早いものです。レシピエント様のことを願っております。
あの時も病院の窓から濁流の鴨川を眺めておりました。テレビのニュースは広島の水害の報道でした。毎年、7月の頭は水害ですね。
あれから僕は2回のドナー経験を周囲に語っております。
そのかいあって、2年ほど前には奈良の同期がドナーになって骨髄液提供をしてくれました。筋肉ムキムキのラガーマンでMAX1200mlでした。
そして、本日、滋賀の後輩の同僚君がドナーになって骨髄液提供をしてくれました。MAX1200mlしてくれました。
彼は春にドナー候補になって、後輩づたいに僕に相談してきてくれました。
情報が閉鎖的ですごく心配したそうで、僕のことを聞いて、相談してくれました。
僕の経験を伝え、ドナーはギブだけでなく、レシピエント様から健康を貰えることを伝えました。
彼の迷いは吹っ飛んだそうです。もともと彼の奥様は輸血で命が繋がったそうで、奥様は賛成だったそうです。
夕方、LINEが入ってきました。
病院のベッドで転がってる勇者の写真でした。そして、コメントが、
「ブツは九州に旅立った」と。
今頃は元気を注入なされてるんでしょうね。
嬉しい日になりました。
そして、自身の経験談で僕に勇気をくれたマヨさんに感謝です。
彼は自身1回と僕の2回、同期の1回、今回の滋賀くんで5回の功労賞です。

追伸ですが、同時に伏見の先輩もドナー候補になりましたが8月にコロ助になりまして、ドナー解除となりました。(T-T)
本人と今日、LINEしましたがしんどかったそうです。


公園のクソ松茸です。土瓶蒸しが美味しそうです。
毒です。

昨日は仕事で網野に行ってきました。