絶販のため、少しずつネットで集めて、本日ブランチに紅茶カップとお皿(初デビュー)。
紅茶いれる時、器を暖めていたお湯捨てながら、
「ありがとう、君がやって来てくれて、私の人生はもっと彩り豊かになったよ」
と、心の中でつぶやいたの。
すると、な、な、何と!カップのもち手に入れた指が、しっかり吸い付いて離れなくなった!
こんなん初めて。私の声聞こえたんや、カップから反応してくれたんや。
やっと、はずれた。
その日の紅茶は、そのカップで頂きました、もちろん。
どう考えても、そう簡単には手に吸い付かない、やっぱ、わかってんねん、この子らも。
そう考えると、ただの食器とは言えない。
これを構成する分子・原子の中には、元人間の一部だった子もいるはず。
心あってもおかしくない。
わかってくれて、ありがとう。
チューリップもそうだった。
秋に植えて、春やっとつぼみが開いた、でも、私は3・4泊の旅行。
せっかく植えて待ってたのに、見られないなんて!
「私が帰ってくるまで、待ってんのよ、散ったら許さんからね、がんばって咲いててね」
帰って来たら、みーんな待っててくれた。
「いい子だねー、ありがとう、ありがとう」
翌日、みーんな、一緒に散ってしまった、待ってたんや、ありがとう!
ある年、幼稚園児のポンちゃんが、1年足らず日本滞在。秋にチュ-リップの球根植えた。
でも、3月末、ソウルに帰ることになった。
3月にチューリップは咲かない、せっかく楽しみにしていたのに、あああ。
春の訪れの早い年であったかも知れない、でも、チューリップは咲いたの、彼の出発前日に!
ありがとう、チューリップ!
心ってあるよね!
