島崎城一の曲輪に鎮座します御札神社について紹介します。

 

御札神社(御三札大明神)について
潮来市島須地区に鎮座する御札神社(みふだじんじや)、あるいは古称の御三札大明神
(おみふだだいみようじん)は、島崎城および島崎氏―族と深く関わる、きわめて重要な
城郭守護神社・氏神です。
以下に、由来・位置・構造・信仰背景について詳し<整理します。
 

御札神社(御三札大明神)の概要
 

① 所在地と立地
・ 所在地:茨城県潮来市島須(島崎城跡北東部)
・ 城跡の東斜面中腹に鎮座し、参道は台地下の集落から石段で上る構造。
・ 現在の社殿の背後は、島崎城の北東虎口(揚手口)または櫓台跡にあたると推定されます。
→ この位置関係から、城の守護神・方位除け神として建立されたことが明らかです。
古名は「御三札大明神(御三社大明神)」とも記され、「御札(みふだ)」の名は三体の神札
を祀つたことに出来します。
 

②社号と由来について

地元伝承によれば、
o 島崎城主が戦勝祈願のため、常陸国三社(鹿島0香取・息栖)より神札を勧請し、
O これを「三札」と称して祀つたのが始まりとされます。
つまり御札神社は、鹿島・香取・息栖の三社信仰を合わせ祀る「三社詣」の中心社あたります。
 

③ 創建と歴史
o 創建年代は不詳ですが、
o 戦国期(16世紀)島崎氏の築城とほぼ同時期に勧請されたとみられます。
o 島崎氏が鹿島神宮の神威を篤く信奉していたこと、
さらに「行方四頭」の諸家がいずれも神明・鹿島・香取系の社を城内鎮守としたことから、
御札神社も同様の林城郭鎮守社(じようかくちんじゅ)料と位置づけられます。
・ 江戸期の『常陸誌料』や『新編常陸国誌』にも「御札大明神」「島崎村鎮守」として登場。
・ 明治の神社統合期には一時「島須神社」と称されたが、戦後に旧号「御札神社」に復した例も。
諸伝があるが、主なものは以下の三神です。
 

④祭神 由来 性格
武甕槌命(たけみかづちのみこと)  鹿島神宮の祭神 勇武・勝運の神
経津主命(ふつぬしのみこと)    香取神宮の祭神 軍略・平定の神
天鳥船命(あめのとりふねのみこと)または市杵島姫命  息栖神社の祭神(伝承)交通・水運の守護神

 

 

明けましておめでとうございます。

昨年は、毎月第三日曜日の定期保全活動はじめ、月に3~4回の会員有志による保全活動を実施しました。

島崎城跡を守る会を創設して9年目を迎えて、当初藪だらけでしたが、城跡の遺構が良く確認できる城跡になりました。

広大な城跡の為、まだ整備不足の所がありますが、見学者に喜ばれ中世の歴史を感じていただく城跡を目指して保全活動を今年も進めて参ります。

中世の土の城ファンの皆様のご登城をお待ちしております。

 

11月26日、島崎城跡を守る会の研修旅行を会員24名の参加にて開催しました。

今回は、常陸太田市の正宗寺はじめ、那珂市の額田城跡同じく那珂市の常福寺と瓜連城址の見学を行ないました。当日は、天候にも恵まれて快適なバス旅行が体験でき、また会員同士の相互理解が深まりました。

【正宗寺】

【額田城跡】

【瓜連城址】

【常福寺】