次の日のお昼父親から着信が入った。
私の父はどちらかというと厳しくそして頼もしい何より”強い父親”だった。

何事も怯む事なく私達家族は一度も父親の弱さを感じた事もない。

甘やかす事はなかったがいざ何か起きるとまず本人自身に解決させそれが無理なら最終的に助けてくれそれも”助けきってくれる”そんな父親だった。

一年に2回ほどあるかないかの父親の電話。
単身赴任で週末しか帰って来ない父親だったので会うのは月に一回まるまる1ヶ月空くことも珍しくはなかった。

父親からの電話は大体家族に何かあった時以外はまずかかってくる事はない。

そんな親子関係でしたがそれなりに良好な親子関係であった。

そして鳴り続く着信。母親と違って父親からの電話には戸惑っている暇はなかった。
何故なら父親も時間がある訳でもないそして父親からの電話は急ぎを意味する。

私は心の準備も整わないままただ通話のボタンを押した。その行動はまるで自分の意思に反しているように。
前回のキャンプぶりの携帯越しの父親の声。
「おう!!元気かっ?」本当に普段通りの父親らしい一言。
私は涙が流れ必死に堪えて出来るだけ普段通りの声で冗談ぽく返した。
「元気じゃないよ!!笑」な感じで。
「そぉかぁー!笑    とりあえずお父週末帰るよってに、ちょっと飯でも行こか?時間はそっちに任すわ。」との内容だった。
私は明るく分かった!!と返事をして父親はほかに何も言わず日時を伝え電話をきった。

私はあまりの父親の普段通りさに何とも言えぬ気持ちになった。あまりの短時間での電話のやり取りでも昔は厳しかった父親には今でも緊張感を持ってしまう。

父親は常に危機感や行動力そして物事を現実に考え対応してきた。
なので今回の電話も既に母親から赤ちゃんの事は伝わってる事も確認するまでもなかった。

父親からの電話をきり私はなぜか子供時代の両親との思い出の記憶を辿った。

私は物覚えは悪い方なのに記憶力はかなり良かった。周りにはよくそんな事覚えているねと言われるほど良かった。

なので過去の両親との思い出はまるで映像を巻き戻しするかのように廃れる事なく鮮明に思い出せた。

夏休みに行った旅行、兄弟喧嘩の末壊したもの、父親が風邪を引いた時の事、海に行きクラゲに刺され痺れた腕の感覚、川で遊んでて流されたサンダルの柄。台風26号が直撃しベランダのトタン屋根が飛びそうになり暴風の中屋根に登り固定する父親を家の中から半泣きで心配した夜のこと。

どれもとても懐かしくそして幸せだった。

あの時の自分が今こういった状況になっているとは思いもしなかった。

自分は本当に普通の人生を歩んでいた、そして歩み続けると思っていた。

私はとめどなく流れる涙に理由を問う事もなくまた気持ちの浮き沈みの波におそわれた。

そして後日MRIの結果を控えた中両親と約束通り食事をする事になりお店へと向かった。

自宅まで車で迎えにきてもらい1ヶ月ぶりに会う両親、簡単な会話をかわしたが表情的にとても険しくも思えた。

もちろん良い話などない。
赤ちゃんが順調な訳ではないから。

私自身どういう表情でその場にいたらいいのかも分からなかった。

心配かけないように笑顔でいればいいのかまたはありのままの不安な表情でいたらいいのか。

あれやこれやと考えていても仕方なかったが考えずにはいられなかった。

そして車はお店へと向かった。
私はどんな話しになるんだろう?どういう風に説明するすればいいのか?など色々と頭の中で整理を繰り返していた。

考え込むほど良くないってよく聞くけど本当にその通りだと今は思う。

ここ数日止まることなく働き続ける頭も既に限界は超えていた。
正しい判断すらおそらく出来ていなかったと思う。

そして店に到着し個室に案内されいよいよ両親に説明する場が整った。



                      ーつづくー