次のMRIの予約までまた1週間不安なまま過ごす事となった。
1人で家にいるとどうしようもない不安感に襲われる。
旦那くんが仕事に行く時何度も引き止めようとしそうになった。
お兄ちゃんが学校に行くのも何度も休ませて隣にいてほしいと思った。

誰もいない自宅。
まるで他人の家にいるかのよう。
無気力に毎日をソファーに座り過ごした。

胎動は常に感じていたが病気が発覚してからどうしたらいいかも分からずお腹に話しかける事すらできないでいた。

思い立ったかのようにクローゼットに行きカバンから先日の診断書を取り出し病名を調べた。
ある程度検索漬けの時に調べていたのもあったが診断についた病名ではまだ調べてきれてなかった。

血の気が引く思いで病名について検索した。
出てくるものはどれもやはりその時の私からすると重度なものだった。

医学書のようにズラッと並んだ文章、予測される予後、手術内容様々な症例。

どれも頭が痛くなる内容だった。

一通りまとめられたサイトを読み終わりまだ現実が受け止められずにいた。

病気の症状には足の神経の麻痺という例が並んでいた。

その時ふと前回の検診での胎動についての先生の質問を思い出した。
少し前から胎動に不信感はあったけど初めての逆子で胎動も変化すると思っていたのですがやはり下腹部に足がきているはずなのに胎動をあまり感じない‥

やはり胎動はうねるように動いてたまにポコポコ少し感じているだけ。

もしかして足は既に動かないの!!?

お腹を触り頭の位置を確認足があるであろう場所にトントンと軽く叩いた。

動かない‥

さすったが動かない‥

私は赤ちゃんの足が動いてない事に初めて気づいた。

もぉ、夢でもなんでもない。現実なんだと。

そもそも足があるのかも分からない。
前回の検診でも何度も足が見えないと言われていた事を思い出した。

どこでどー受け止めていいのかとても悩んだ。

立て続けに状況が二転三転と変わっていく中生活が一変してしまったので整理をつけようにもまた直ぐMRIと脳外科と全く予測不可能な状況だったから。

他のお母さん達ならそれでも大切な我が子だからしっかり受け止めて信じてあげれてるのに私にはそれが出来ない。

自分の弱さが激しく身にしみた。

7年間母子家庭でお兄ちゃんを育ててきてやっと願ってきた理想な家庭。
何度も諦めかけていた理想の家庭。

旦那さんがいて生活はできる安定の収入もあり仕事や育児に走り続けやっと退職しお兄ちゃんとの時間も凄く取れてゆっくりレシピを見て時間をかけ料理をしたり‥

長い間願ってきた理想な家庭だった。

だから赤ちゃんにも強い期待と理想を押し付けていたんだと思う。

それが病気発覚後、私の理想は音を立てることなく崩れた。

この考えが現実そして子供を受け止めてあげれない母親を作り出していた。私自身を。

気がつくと体重も一気に6kgも減っていた。

私はそれを知り慌てて栄養のあるヨーグルトやサラダや納豆などありったけの食材を冷蔵庫から出して直ぐ調理し体重がこれ以上減らないように時間をかけて食べた。


その後私は病気が発覚してやっと初めて号泣した。自分にまだ母性があったんだと。
なくなったと思っていた母性があったんだと。

私は病気発覚から初めてお腹に手をやり抱きしめる形で何度も謝った。

病気に気づかないでゴメンね。
一人にさせてて恐かったよね。
ずっとずっとこーされるの待ってたよね。
辛かったよね‥

こんなママでごめんね。

何度も謝り何十年ぶりに声を出して泣いた。

病気発覚後から泣く事もほとんどなく号泣などましてやなく感情を失いそうになっていた自分。
冷静を保つ事で生きる事精一杯だった。

その後数週間ぶりにお腹に手を当て抱きしめるように眠った。
久しぶりに深い眠りについた。

この日をさかいに徐々に気持ちの整理はつき初めたが浮き沈みは激しく新たなる課題へと進んだ。



                       ーつづくー