火葬場にて

長いこと病院で闘病生活をされた人

それなく最期のときを迎えた人


​同じ斎場の

同じ炉から出てきたというのに

お骨の姿は違っていた


​長く闘病された人のお骨は

細かくて

箸で持ち上げようとしても

ほろほろと崩れる


​そのときは

「そういうものなのか」と思った


​一方で

​百歳も近くなり、お迎えのときがきて

逝った人のお骨は

​真っ白だった


​耳も鼻も 骨盤も 大腿骨も

形を保っていた


​喉仏は

仏様が座禅を組んでいるような形

本当に

​骨壺いっぱい、豊かなお骨が

強く、白く。


​見せていただきました

お骨。


​飾ることも隠すこともない

そのままの

形になって現れる




​されど。

​骨は骨。

ただそこに、在るだけ。


​それを見て

愛おしむか、悲しむか、つらくなるか

すべては、見る人の心次第。


​ほろほろと崩れる骨に

闘い抜いた愛おしさを見る人もいれば

その脆さに胸を締め付けられる人もいる


​立派に残った白い骨に

天寿の安らぎを見る人もいれば

失った存在感の大きさに

涙が止まらない人もいるかもしれない


​ふと思う

​もし、どれほど健やかで

立派な骨であっても

それが

事故や、事件、戦争といった

不本意に奪われた命の後に

残されたものだとしたら

​遺された人は

そのお骨をどう見つめるのだろう


「立派な骨で良かった」と

割り切れるはずもない


​そこに立ち込めるのは

量り知れない

深い無念かもしれない


​骨はただ、そこに在るのみ

そこにどんな意味を持たせるかは

遺された、私たちの心


​合掌。

南無阿彌陀仏

南無阿彌陀仏

南無阿彌陀仏


​和尚さんの力強くあたたかい

読経の調べが

耳から肌から

私たちの骨に響いていた