応援について常々思うこと。


よく、握手会などで、推しのライバルとされている人の所に行き悪口雑言する人の話を耳にする。
そこにお金を使うから、推しの人気が下がるんじゃないのか?(笑)
そんなことをして、のちに、推しどうしが番組や誌面で共演することがあったら、その2人はどんな顔して仕事すりゃいいのさ?
そういうとこまで考えてりゃ、自ずと応援の仕方くらい見えてくるだろうに!
視野の狭さ、間違った忠誠心でしかない。



SHOWROOMという配信アプリ。


そこでもよくある、間違った忠誠心。
推し以外の配信者さんやリスナーさんへの誹謗中傷、恫喝、恐喝。
これをして、推しは喜ぶと思う?
「よくやった!」って褒めてくれる?
まぁ、そういう人が居るならば仕方ないけど、ほとんどが、迷惑だと思ってると思うよ。

推しの名前を背負って、息巻いてさ、そんな力があるなら真っ直ぐブレない応援を推しにするか、推しの友好ルームにすれば良いだけ。
わざわざ推しの格を下げるようなことはしなくていいです。

誰のために応援するのか?
なんのために必死になるのか?
よーーーく考えた方が良いと思う。
そこに自分の身勝手な間違った意地は不要なんです!
ひたすら、推しと、その友好ルームを応援すれば良いだけのことなんです!
たとえ相手側が一方的に悪くても、自分をそんな低いレベルの輩と同じまで下げる必要は無いです!

取り合わない。

応援は喧嘩ではない。
ライバルは憎しみ合う仇ではない。
推すとはブレない気持ちでひたすらその人を応援すること。
そこに、不要な私情は持ち込まなくていい。


そんなことを思った霜月朔日。
上を向いて歩こう


涙がこぼれないように


そして


見上げてごらん


夜の星を




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八月は鎮魂と慰霊の月。
いつもそんな思いでいる。
もちろん、一月や三月などあるけど、特に八月。
お盆があるからなおのことそう感じる。


そんな今日、アロハを久しぶりに着て出かけた。
もう、30年は着てるであろうあのアロハ。
物持ちが良い訳ではなく、年に数回しか着ないから傷まないだけ。

でも、この話しを思い出したのは、何年ぶりだろう?
20年は経っていようか?

このアロハを買った翌年か翌々年、当時憧れていた4つ上のカッコいい女(ひと)。

ある日、彼女の家で遊んでいると「あれ?ボタンないじゃん!3番目、貸してみ」と言いアロハを受け取り、ゴミ箱をゴソゴソ。
捨てるはずだった彼女のブラウス。
そこから淡いピンクのボタンを取ると、器用に縫い付けていく。
「残り4つも付け替えてやろうか?」
『いいよぉ』と自分。
「んふふ!やっぱりそう言うと思った」
『わかってて聞いたの?』
「そう!(笑)」
『じゃぁ、全部付け替えて!って言えば良かったな(笑)』
なんか楽しかった。
でも、その年の冬、彼女は周りに何も言わず故郷の中国地方のある街へ帰って行った(のちにわかったこと)。

今日、ふと思い出した出来事。
いつもは、ボタンを掛けないのだが、今日はボタンを掛けて出かけた。
淡いピンクのボタンと、淡い思い出と一緒に。