剣道防具を完全着装して剣道稽古がしたいので、面マスクの通気性の改善改良を要望し、現時点で仕方なく通気性が良くない面マスクを購入しました。
私だけでなく、真の剣道家は誰もが剣道防具を完全着装して剣道稽古を行うことを願い、面マスクの通気性の改善改良を願い剣道連盟に対して要望しています。

剣道連盟が惻隠の情を重んじているならば、面マスクの改善改良を行うことは、弱者に対する敬意であり、これこそ弱者を護り育む真の優しさです。
ここからはリブログした内容の振り返りです。
去年も今年も梅雨入りしてから1週間経ち、去年の今時期の午前中は大雨の1日中雨という天気となりましたが、14時頃は降水量が下がり、今日も所属剣友会での剣道稽古に行ってきました。
去年の今時期の剣道稽古での前半の基本稽古は、子供が10名以上来ましたたので、稽古場の奥側半分で「元立ち1名+打ち立ち側2名」の4列で行い、切り返し10本2セットは計4回、大きい面打ち3本は2回、小さい面打ち3本を2回、小手打ち3本を2回、小手面3本を2回、胴打ち3本を2回を行い、小手打ちは体当たりを組み合わせることを意識した稽古となりました。
今日の剣道稽古で私が指摘された留意点は
「礼の際に相手を意識し過ぎる傾向が在るため堅苦しくなりがちで、眼だけを相手に向けるよう気をつける」こと、
「小手打ちで打たれる際は、中段の構えを保つか剣先を上に揚げるよう努める」
の2点です。
その日の剣道稽古の休憩中は『冒険王ビィト』に登場する七つ星魔人(ヴァンデル)の1人である「ヒスタリオ」や『ライブアライブ』の「ヘッドプラッカー」のことを考えつつ、ヒスタリオのモノローグを読んだ後に剣士としての私自身とヒスタリオについて考えると、ある意味「同族嫌悪」していたことを自戒しなくてはならないし、ヘッドプラッカーの戦い方も剣士としての私自身に対する戒めのようであり、創作とは言え考えさせられる要素はあります。
ここから先は、タイトルの「剣士と魔王を想う」が主軸となる内容になります。
ヘッドプラッカー絡みで、今年も昨日までの話の続きとなりますが、『ライブアライブ』の「惻隠の心」と「仁義礼智信」の大切さだけでなく、「中世編」と「最終編」では「魔王」を真剣に受け入れるために必要な「惻隠の心」と「仁義礼智信」の難しさを説く物語であると解釈した上で現状を想うと、『ライブアライブ』での「○○○○は魔王」というコロナウイルス未満の差別や虐待を無くす努力ができない輩の心無い愚かな発言に似た発言が現実世界でも多く、剣道が好きな剣士である私でも、スクウェア・エニックスの『ライブアライブ』や『フロントミッション3』や、『遊戯王OCG』の端末世界の1つで繰り広げられる「竜魔王」が登場する「竜剣士物語」が好きですし、
「魔王」絡みの発言は慎重にならざるを得ないものが在ります。
少なくとも、スクウェア・エニックスの『ライブアライブ』にて、ルクレチアが滅ぼされたのは、魔王差別がまかり通り、弱い者いじめが好きな愚衆が多く、弱い者いじめをする愚衆を甘やかす輩も多かったからで、今で言うとオディオは「獣(けもの)には誇りがあるが、ケダモノは弱い者いじめが好きな恥知らずで、いじめや差別が好きな奴等はコロナウイルス未満のケダモノだから」嫌悪したのだと、惻隠の情を重んじる剣道家として考えてしまいます。
同じスクウェア・エニックスの作品内でもコロナウイルス未満の陰湿な輩の心無い愚かな発言がまかり通っていて、『フロントミッション3』の主人公である武村和輝を叩く言葉やアスキーアートに満ちた書き込みや『フロントミッション1ST』のヒロインであるカレンに対して冷たい態度が表れた書き込みを見ると、「なんて横暴な意見なんだ」と私は憤りを感じ、「カレンやグレンや和輝をどれだけ叩いても問題無い」という発想や風潮が公式側にも伝播して、金と権力に心を支配された挙句、卑劣な輩がまかり通り、権力を持った人間の傲りと怠惰をはじめとした堕落ぶりを示しており、「惻隠の心」と「仁義礼智信」を失った「1ST偏重主義」の結果、『フロントミッションシリーズ』が凋落していったため自業自得としか言いようが無く、嘆かわしくもあります(無論、「3rd偏重主義」になっても二の舞ですし、私は『フロントミッション3』が本気で好きですので「3rd偏重主義」になってはなりません)。
それ故、時田貴司氏が『半熟英雄対3D』と『半熟英雄4』で『フロントミッション』シリーズからカレンと和輝をゲスト出演させ優遇傾向にある能力設定にしたのは英断だと思いますし、
本当にロイド・クライブやウォルター・フェンが好きなら、
カレンやグレンを大切にしますし、
「惻隠の心」と「仁義礼智信」を育む武村和輝を叩く愚挙はしないはずです。
去年の大雨・最近のウイルスは、まるで沖縄の民に対する慈悲も敬意も感謝も無く、謝罪する良心を持たないだけでなく沖縄の民意を顧みず辺野古の美しい自然を壊し、敗者や弱者や障害を持っている人々の事を理解しようとせず、弱者に対する優しさ・思いやりをはじめとする慈悲や敬意や感謝を持たないどころか、自分自身の欲を抑えず、人権を真剣に理解できないから、弱者や障害を持っている人に対して罵る卑劣で醜く冷たい愚挙を繰り返そうとする、「惻隠の心」と「仁義礼智信」を学ばない、弱者を省みない甘やかされている冷酷な愚者に対する怒りと嘆きの雨に満ちており、『フロントミッション3』から学ぼうせず、大自然に配慮しない人間の愚かさに対する戒めであるように感じられます。
仁:思いやり
義:人としての道を踏み外さない
礼:礼儀作法を守ること
智:正しい判断・知恵
信:信頼・誠実
手塚治虫先生の戒め
「基本的人権を虚仮(こけ)にしてはならない」
「戦争や災害の被害者を虚仮にしてはならない」
「特定の職業を虚仮にしてはならない」
「国民や社会的弱者を虚仮にしてはならない」
「作家は権力の側に立ってはならない」
心が強い人間なら、弱者に対して頭を下げて謝罪する勇気と優しさがあり、良い意味での強い者を育む忍耐を持ちコロナウイルス未満の無慈悲な米軍の愚挙に対し、義憤を持って抗議した剣道家でもある橋本龍太郎氏のように「惻隠の心」と「仁義礼智信」を備え、沖縄に住む民や障害を持っている人々をはじめとした弱者に対する慈悲と敬意がある、と私は想います。
惻隠(そくいん)の情:
「弱者、敗者、虐げられた者への思いやりと共感」という意味で、
「人を思いやる心」
終わりに、兎角、手塚治虫先生や永井豪先生が語った、ウイルスよりも、他者に苦痛を押し付け使い捨てにする人間の陰湿で冷酷で卑劣な邪念の方が恐ろしいのは否定できない事実です。