『百秀武道具店のウガ店長の素振り会』の開始時間が朝は6時30分、夜は19時に変更されたため、参加しづらくなったり遅刻したりという事態が多くなり、ウガ店長自身も朝の部に関しては多忙になり余裕がなくなっているのでチャットへの応答が少なくなったので、今後は『北海道ヱン剣素振り会』をメインにしていこうと思いながら綴っています。
面手拭いをマスク代わりにしているのを見ていると、村上もとか先生の『六三四の剣』の夏木六三四が持つ美しさが剣道家から失われているような感じがあって、熱中症対策を踏まえて改良された面マスクは必要だと痛感しますし、剣道防具完全着装時は面シールド(アイガード)の下側に取り付ける形で面マスク代わりとなる通気性がある布を追加するのが現時点ではベストだと思っています。

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ここからが本題のリブログしたことに関してですが、『ライブアライブ』の「最終編」での「心のダンジョン」ので田所晃に対するアリシアの発言は彼女の近くにハッシュとウラヌスとストレイボウもいますし、『ライブアライブ』の物語を作った時田貴司氏も、「アリシアは私の好みの女性ではないですが、描写を少なくしてしまった結果、予想以上に叩かれてしまった」と語っており、時田貴司氏には「惻隠の心」や「仁義礼智信」があるからアリシアの事はあまり好きではないものの、ちゃんとフォローを入れるところに、手塚治虫先生や永井豪先生の良い面を理解している、と感じましたし、今ですと「今の状態の面マスクを過信・盲信せず改良しなくてはならない」という点に通じます。
それに、時田貴司氏が『ライブアライブ』の登場人物で嫌いなのは、
アリシアでもストレイボウでもなく、
ルクレチアの大臣
だと私は想います。
事実、『半熟英雄4』での最終ステージの内容は権力者の愚かさを風刺した内容で、「サイバーエッグ」の使い手である「惑星コギトエルゴスム」出身のフライデーに厳しい意見を言われるという点からも窺えますし、『ライブアライブ』の「中世編」でのルクレチアの大臣のウラヌスに対する態度や、後半での王座に座っている姿には、権力を持った人間の傲りと怠惰をはじめとした堕落ぶりを示しており、現実世界での「惻隠の心」や「仁義礼智信」を持たず、福島から避難してきた人々に対して冷たい人間が多く、治安の事を考えずカジノを作ろうとする金に心を支配されている欲深さ、沖縄の民に対する慈悲も敬意も感謝も無く、謝罪する良心を持たないだけでなく沖縄の民意を顧みず辺野古の美しい自然を壊し、敗者や弱者や障害を持っている人々の事を理解しようとしない、国民を甘く見て苦痛を押し付け弱者に冷たい安倍晋三を甘やかし、弱者に対する慈悲も敬意も感謝も持たない政治屋を甘やかす状況から感じとれるのは、現実世界すら「中世編」の後半に似たありさまで、こういうルクレチアの大臣のウラヌスに対する態度と同じことをし、思いやりや優しさを持たず、自分自身の欲を抑えず、弱者や障害を持っている人に対して罵る卑劣で醜く冷たい愚挙が原因で、悲惨な終焉への道へと気付かないうちに歩んでいるとしか思えません。
とにかく今の「コロナウイルスがーコロナウイルスがー」と騒ぐ反面完璧を他者に求めすぎて優しさを失う現実世界と、『ライブアライブ』の中世編の「魔王がー魔王がー」と騒ぎオルステッドを差別する浅ましさが重なり、剣道防具を着装して剣道稽古がしたい私にとって嘆かわしい事態だと断言してしまいます。
現実世界だけでなく創作でも同様の事態が生じており、『機動戦士ガンダムUC』の福井晴敏は、私から見ても時田貴司氏や手塚治虫先生や永井豪先生、村上もとか先生や宮崎駿先生、島袋光年氏や尾田栄一郎氏とは真逆の悪い意味で普通の人間で、他者の不幸や悲劇を見世物としか思っていない、有名になる事ばかり考えており「想像力が足りない」から、「惻隠の心」や「仁義礼智信」を持たない故に弱者を顧みることができない、何も学べない作家だと今でも思います。
(『フロントミッション ドッグライフ&ドッグスタイル』や『機動戦士ガンダムサンダーボルト』の太田垣康男も福井晴敏の同類)
福井晴敏が『機動戦士ガンダムユニコーン』で一番嫌いな登場人物は、マリーダ・クルス達プル姉妹とアンジェロ・ザウパーであるということは、徹底的に酷い目に遭わされるマリーダに対するフォローが無く、アンジェロを危険な存在扱いするミネバの態度から判断できますし、障害を持っている人や社会的弱者に対する愛が無い描写をしつこく描写する陰湿さから福井晴敏の人間性は、『ライブアライブ』のルクレチアの大臣や『闘将ダイモス』に登場する「惻隠の心」や「仁義礼智信」を持たない軍国主義者・軍人至上主義者である三輪防人と同じであることが窺えます。
『機動戦士ガンダムUC』のマリーダ達プル姉妹が人間扱いされない悲劇を知った後ですと、リディカスを異常にフォローするのに、マリーダのファンに謝罪しない福井晴敏とは違い、『ライブアライブ』のアリシアは時田貴司氏から少しは愛されていることが理解できますし、『ライブアライブ』の「近未来編」での「無理を通して見せる」とは、弱者に押し付ける愚挙とは似ても似つかない、人間だけでなく人間以外の生物を含めた他者を傷つけないよう努力し、自分が少しでも傷つく覚悟を持っていないと成せない、「惻隠の心」や「仁義礼智信」を必要とする、「憎しみ」を甘く見ない者の「克己忍耐」の重さに満ちた想いです。
仁:思いやり
義:人としての道を踏み外さない
礼:礼儀作法を守ること
智:正しい判断・知恵
信:信頼・誠実
惻隠(そくいん)の心:
「弱者、敗者、虐げられた者への思いやりと共感」という意味で、
「人を思いやる心」
手塚治虫先生の五つの戒め
「基本的人権を虚仮(こけ)にしてはならない」
「戦争や災害の被害者を虚仮にしてはならない」
「特定の職業を虚仮にしてはならない」
何にせよ、オルステッドを魔王扱いし叩く醜態と、コロナウイルスを怖れ過ぎて剣道防具を着装しての剣道が難しい有様はそっくりで、自分自身が不完全であるという事実を受け入れず棚に上げて完璧を求めすぎて優しさを失うとろくなことが無いとしか言いようが無いですし、剣道の理念で重んじられる惻隠の情を保つには剣道防具を着装して長時間の剣道稽古がしたいという願いに対して面マスクを改良するという善処をするしかないというのは事実です。