手塚治虫先生の『火の鳥・鳳凰編』の舞台となった平城京、大仏建立の影響で、今では平安京が今の京都の街として曲がりなりにも保たれているので考えさせられるものがあります。

 

 

 


 

 

 

今日の報道では、ある政治屋が新型コロナウイルスのことを「悪魔」だと言っていましたが、人間は自然破壊をし、今日も1月の終わりごろなのに関東地方では暖かすぎる気温となってしまい、明日から寒くなることは否定できませんので、他の生物から見たら人間の方が「悪魔」に見えてしまうのでは?

と思ってしまいました。

 

 

 

『火の鳥・鳳凰編』では「人間は万物の霊長ではない」という戒めが(特にポプラ社の小説版では)込められており、ウイルスのように「見えないけれどすぐ傍に居る者」を「悪魔」呼ばわりするのは、『地獄先生ぬ~べ~』や『ゲゲゲの鬼太郎』や『女神転生』シリーズが好きで、剣道も好きな私から見ても、新型コロナウイルスと向き合うことは、弱者を軽んじる人間の心の弱さを突き付けられることであると同時に、人間は心が弱いままで良いのかを問題提起することになると思ってしまいます。