今から30年前、手塚治虫先生が亡くなったおよそ2か月後、1989年4月に始まったアニメ『青いブリンク』。
そのころの私は自分の弱さにうまく気付けず、今と比べて右往左往してしまうことが多かったのですが、「勇気」とは何かを問いかける物語展開に魅了され、野沢雅子女子が『ドラゴンボール』が人気が高まる中で主人公の声を担当したことも印象に残っていますし、今思い出すと主人公たちが訪れる街は、街の名前に「色の名前」が含まれ、物語展開からは「クリフォトのクリファ(殻)の暗喩でもある」という要素も含まれていますので考えさせられます。
尚、雷獣であるもう1人の主人公である「ブリンク(brink)」とは英語で「またたき」という意味をもっています。
『青いブリンク』放送開始から半年後にテレビ東京で『ジャングル大帝』、『ジャングル大帝』の次が『三つ目がとおる』の放送をしていたことは今でも覚えていますし、手塚治虫先生が今も生きていたら90歳になっていて、沖縄の美しさを理解せず人権と優しさを軽んじ、悲劇や悪夢を繰り返すことしか頭に無い輩が増えつつある今の世の中を見て、悲しくなることは想像に難くありません。
私はPCエンジンの『青いブリンク』は未プレイですが、コナミから発売された『火の鳥鳳凰編 我王の冒険』は何度もクリアし、タイムアタックに挑戦したほどですが、『青いブリンク』も『火の鳥』も『背むしの子馬』という作品の影響を強く受けたと手塚治虫先生が語っていたという話も印象に残っています。
そして、コナミの『遊戯王』の高橋和希先生も手塚治虫先生に対する敬意があるから真の平和を願っているからこそ、今でも『遊戯王』は20年も続いています。