今日は土曜日ですが、所属剣友会は今日と明日は稽古休みですので、明日の月1回の所属剣友会近辺の合同剣道稽古に参加するため、「面鳴り」での素振り30本2セット、日本剣道形を行いつつ体調管理しながら、朝日新聞「be」の『火の鳥・大地編』を読みました。







今日の『火の鳥・大地編』はマリアの素性に関する内容でしたが、彼女は『火の鳥・ヤマト編』のヤマト・オグナ『火の鳥・少女クラブ版』のダイアの要素を持った人物として描かれており、彼女の過去は『火の鳥・ギリシャ編』終盤を想起させる上、その出来事は『火の鳥・異形編』の少し後の出来事であることから、桜庭一樹殿は手塚治虫先生の『火の鳥』をかなり読んでいると捉えることができました。





火の鳥のテーマの1つが『黎明編』から本格的に語られ始めた自分の国や政治に対して「無関心は罪」で、政治家は「国民のために働く」ことを忘れてはならない】という警鐘であり、『火の鳥・ヤマト編』のヤマト・オグナや『火の鳥・太陽編』の犬上宿禰の魅力は、彼等が王家の生まれとはいえ「惻隠の心」と「」を心に備え【自分の国や政治に対して真剣に考え、政治家は「国民のために働く」ことを忘れてはならない】を守り続けているからであり、『火の鳥・大地編』でもこのテーマがどのように書かれるかも気になります。





人間と世界の行く末を真摯に考えるのためには「惻隠の心」と「」が必要であると手塚治虫先生は『火の鳥』でも語り、前述の【自分の国や政治に対して「無関心は罪」だ。今の政治家は「国民のために働く」ことを忘れてる】とどうなるかを『未来編』で描かれたことが半世紀たった今でも私にとって古く感じないのは「何度も悲劇が繰り返される無限ループ」の怖さと1組となっており、この重さがスクウェア・エニックスの『ライブアライブ』や『フロントミッション3』にも受け継がれ、基本的人権や民意の尊重がどれだけ尊いかを理解しないと、現実世界でも「何度も悲劇が繰り返される無限ループ」から抜け出せないままに滅びてしまい、我々はあの世で手塚治虫先生に詫び続けなくてはならなくなってしまうと言えます。