今日は猛暑日ですがついに、『フロントミッション3』の20周年まであと1か月となりました。
 
 
 
Yahoo!ブログも投稿できる日が8月31日までとなってしまいましたが、今年の9月2日は『フロントミッション3』発売20周年ですので、9月2日に移行先のブログで『フロントミッション3』に関する投稿を行う予定にしています。
 
 
 
 
 
1999年9月2日、『フロントミッション3』の情報を得つつ『遊戯王OCG』に興味を抱きながら夏休みを過ごし、『フロントミッション2』は物語が良く、ロード時間の長さと難易度の高さに耐えつつエンディングまでたどり着き、『フロントミッション2』の物語の良さと『フロントミッションシリーズ ガンハザード』のシステム面の良さが加わるとより良くなる、と思いながら、その日の7時頃に通学時に近所のコンビニエンスストアで『フロントミッション3』を購入し、予約特典のストラップも入手し、学校からの帰宅後、1999年12月頃まで学校での授業や課題提出、週一回の剣道稽古の合間を縫ってエンディングまでたどり着き、『フロントミッション3』の設定資料集を何度も読みながら、「人間の心の弱さ」について問いかけたすさまじい物語である、と19年以上何百回も反芻しています。
 
 
 
 
『フロントミッション3』の凄まじさは物語・システム面から感じ取ることができます。
 
物語面では、今となっては『フロントミッション5』の続きであり、『フロントミッション2』の単純な勧善懲悪ではない重さと『ガンハザード』の主人公が「人間の邪念に失望した魔王」と対峙する2つの要素が丁寧に組み合わさることで形成された、人間の存在価値への疑問を真剣に訴え、「武士道とは、民意や人権を重んじる良い主君には忠節を尽くす優しさと、民意や人権を軽んじる悪い主君を見限る勇気が必要であり、そのためには儒教の「」を大切にし、忠実な家臣に殉死を禁じているのは、他者に苦痛を押し付けて使い捨てにする愚挙をまかり通らせてはならない」、人間と世界の行く末を真摯に考えている「惻隠の心」と心の進化の重要性を訴えた物語です。
 
 
 
 
 
システム面においても、好きなヴァンツァーと最後まで大鎧のように大切にできる『フロントミッション5』の原型であり、『フロントミッション2』のAPシステムと『ガンハザード』のバーニアとローラーダッシュでの移動を活かした点、主人公・武村和輝の実質初期ヴァンツァーであるゼニスレヴ(ゼニスRV)の「ダブルアサルト」というスキルもアルベルト・グレイブナーに対する敬意すら感じさせるところにあると捉えることができます。
 
 
 
 
仁:思いやり
義:人としての道を踏み外さない
礼:礼儀作法を守ること
智:正しい判断・知恵
信:信頼・誠実
 
 
 
 
 
 
惻隠(そくいん)の心
「弱者、敗者、虐げられた者への思いやりと共感」という意味で、
「人を思いやる心」
 
 
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今日の投稿の最後に
 
『フロントミッション3』が発売されてからもうすぐ20年になりますが、
 
我々は武村和輝に対して誇れるほどの生き物になれたのでしょうか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
…少なくとも私は、
 
我々人間は今でも和輝どころかルカーヴよりも劣った生き物のままだと思います。
 
 
 
 
今も日本では人権は軽んじられ民意は軽んじられ、今の政権の政治屋の謝罪には誠意が感じられず、弱者に苦痛を押し付け、弱者は平然と切り捨てられ、何も学ばず悲劇や悪夢を繰り返す、勇気も優しさも無い人間の世界など、安易に美しいとは感じることはできません。
 
 
 
 
(現実世界の人間に叩かれることが多い)和輝も(少なくともエマ編の)ルカーヴも、ネトウヨや基本的人権を軽んじる(ドリスコルやモーガン・ベルナルドのような)愚者が嫌いだからこそ、エマ編ではルカーヴが少しでも良い方向に変化し、(人間が進化した生き物である)和輝の事を少しは信じることができたのだから。
 
 
 
 
それでも私は、武村和輝やルカーヴ・ミナエフに劣る存在であることを認めつつ、剣道家として、エマ編ではルカーヴの心を少しでも良い方向に動かすことができた武村和輝の「惻隠の心」と「」に対して敬意を持ち続け、創作だからと侮ることなく、彼らのように人間と世界の行く末を真摯に考えていかなくてはなりません。