今日の所属剣友会での剣道稽古は使用する体育館が他の方が使うとのことで休みとなり、明日は休日出勤日ですが、剣道防具を背負って出勤し、できる限り午後の合同剣道稽古に参加することにしました。




今日の朝日新聞の「Be」で連載中の手塚治虫原作・桜庭一樹の『火の鳥大地編』を読みました。

今回の内容は、大量消費が元凶となって「他者に対する苦痛の押し付け」や「弱者を平気で使い捨てにし切り捨てる」現在社会に対する問題提起と、今までの『火の鳥』で描かれてきた「宇宙生命(コスモゾーン)」は前向きな面が大きく描かれていましたが今回は「負の要素」を示唆する発言が在り、島袋光年の『トリコ』の「グルメ細胞の悪魔」との共通点を暗示しています。







グルメ細胞

「グルメ細胞」は直接注入すれば手軽に変化できますが、グルメ界エリア8・妖食界に棲む住人の外見が『火の鳥太陽編』の精霊たちに似ていますし、この時点からも「グルメ細胞の悪魔」が「宇宙生命の影の部分」を担っていることが窺えます。




「グルメ細胞の悪魔」はグルメ細胞の中に潜む食欲エネルギーが具現化した存在であり、食欲そのものにして、想像を絶する力を持ち、「宇宙生命」同様事実上不滅の存在ですが、場合によっては体外に飛び出したり顔を出す程度の事が可能であり、実際は人間の方がグルメ細胞の悪魔に飼われているようなものであるとはいえ、食欲そのものであるこの悪魔達は良くも悪くも旨いものが食えればいいので、細胞内でも宿主を通じて食材を味わうことが可能な為、積極的に宿主を乗っ取ろうとする者はおらず、むしろ宿主に死なれたりしないよう力を貸したりするものもいる。





いずれにせよ『火の鳥大地編』の登場人物数名は「宇宙生命」の概念が登場した『火の鳥未来編』を意識しているとはいえ、『火の鳥大地編』の正人は『トリコ』の小松と比べて気弱な感じはしますが、私自身は手塚治虫先生や永井豪先生、村上もとか先生や西岸良平先生の漫画も好きですし、『遊戯王OCG』の複数の端末世界の物語も好きなので、スクウェア・エニックスの『ライブアライブ』の主人公たちや『フロントミッション3』の主人公・武村和輝が好きですので、他者を甘く見ず考えることも大切だとは思っています。









手塚治虫先生の戒め


基本的人権を虚仮(こけ)にしてはならない
戦争や災害の被害者を虚仮にしてはならない
特定の職業を虚仮にしてはならない
国民や社会的弱者を虚仮にしてはならない
作家は権力の側に立ってはならない
 





『機動戦士ガンダムAGE』や『機動武闘伝Gガンダム』は「ガンダムの殻を破る」という点で好きですし、「ガンダムのマンネリ化」に対する問題提起を描くと自然と手塚治虫先生の漫画に近い重みが生じるものなのかもしれません。




『機動戦士ガンダムAGE』でのフェザール・イゼルカントの


我々は死ぬことが悲しいのではない。
人として生きられないのが悲しいのだ。






ガンダムにおいて、イゼルカントやマリーダ達プル姉妹やシーマやネーナ、アインやルインやラウ、ステラやゾルタンのような悲惨な境遇の人々を生み出してしまうのは、「惻隠の心」と「」を軽んじるからであり、『機動戦士ガンダムAGE』におけるイゼルカントとフリットの立ち位置は、虐待や差別からは本当の幸せは得られないというのは、今日の『火の鳥大地編』での猿田博士の発言と共通しています。


イゼルカントを悪だと言ってしまうのは、「フリットとイゼルカントが同じ」であり事を考えず「惻隠の心」と「」を忘れてしまい、人権や大自然を軽んじ、金と経済と権力に心を支配され、障害を持っている人々や心に傷を負った人々や社会的弱者に対する慈悲と敬意を忘れてしまうまでに自分を見失った果てに苦痛の押し付けと使い捨てをまかり通らせ続けている証拠です。



…マリーダのファンを無視する福井晴敏や『フロントミッション ドッグライフ&ドッグスタイル』で『フロントミッション3』と『ガンハザード』を安易に否定した太田垣康男や、米軍に媚び、沖縄の民に冷たい輩は、痛い目に遭わなければ手塚治虫先生や永井豪先生の訴えが理解できそうもないのが嘆かわしい事です。






仁:思いやり
義:人としての道を踏み外さない
礼:礼儀作法を守ること
智:正しい判断・知恵
信:信頼・誠実





惻隠(そくいん)の情
「弱者、敗者、虐げられた者への思いやりと共感」という意味で、
「人を思いやる心」