仁:思いやり
義:人としての道を踏み外さない
礼:礼儀作法を守ること
智:正しい判断・知恵
信:信頼・誠実
明日は剣道稽古に備えつつ、永井豪のリメイク版『魔王ダンテ』と手塚治虫の『MW』を読んでいた時のことを思い出しています。
リメイク版『魔王ダンテ』は「ぼくらマガジン」で連載された『魔王ダンテ』のリメイクで、勢いと迫力が凄まじい元のと比べて、絵が綺麗になり、物語の展開も作者の人間性の精進を感じる良作だと思いますし、永井豪本人にとってはグッドエンド&ハッピーエンドですが、エンディングのナレーションはあえて私たちに問いかける構図となっており、「社会的弱者や自分とは異質な者との共存できる、本当の美しさを得た心が強い人々になってほしい」という我々への願いと愛が込められた、『デビルマン』連載終了後に始まった『バイオレンスジャック』と共通する、スクウェア・エニックスの『半熟英雄』シリーズや『フロントミッション3』に勝るとも劣らない人間の心の進化への祈りだと思います。
『MW』は手塚治虫の漫画の中では特に人間の負の普遍性や悪徳に関する問いに満ちた大人向けの物語で、「主人公=悪役」と言われることすらある設定も印象に残りますし、登場人物が主人公に魅入られる描写もあるなど、「本当の美とは何か」と問いかける物語である『アラバスター』は好きではないと語った手塚治虫が、『アラバスター』での問題点を改善し、心を暴走させ続ける人間を叱るかの如く厳しく描いたため、永井豪のリメイク版『魔王ダンテ』とはある意味真逆に見えますが、根本的には特撮映画(アニメ版も含む)「ゴジラ」と同じ「人間への戒め」が込められています。
最初の『魔王ダンテ』も『アラバスター』も連載開始時期が近く、永井豪も手塚治虫も大変な状況の中で描かれた漫画ですが、後に書かれた漫画を読むと、「人間は排他的な心を暴走させてはいけません。排他するものは排他される覚悟をすべし」と何度も訴えること自体、大きな意義があると、私は思います。
リメイク版『魔王ダンテ』の「悪魔vs神」という描写の影響は『遊戯王OCG』において、複数あることが示唆される端末世界繋がりで「メタルフォーゼvs魔轟神」という構図になるのかもしれません。