大願寺から大聖院への
山道を行くととても美しい
多宝塔が見えます。
室町時代後期の創建(1523年)で、
僧侶の「周歓(しゅうかん)」が
創建したと伝えられています。
もとは五重塔と同じく大聖院の
伽藍を構成する多宝塔でしたが、
明治初頭の神仏分離令によって
厳島神社の管理下へ移管されています。
神仏分離令は、全国の神社、お寺に
とんでもない影響を与えたいますね。
大願寺から大聖院への
山道を行くととても美しい
多宝塔が見えます。
室町時代後期の創建(1523年)で、
僧侶の「周歓(しゅうかん)」が
創建したと伝えられています。
もとは五重塔と同じく大聖院の
伽藍を構成する多宝塔でしたが、
明治初頭の神仏分離令によって
厳島神社の管理下へ移管されています。
神仏分離令は、全国の神社、お寺に
とんでもない影響を与えたいますね。
1587年、豊臣秀吉が戦歿将兵の慰霊のために
大経堂として建立した。
畳857枚分の広さがあることから
「千畳閣」と呼ばれるようになった。
明治の神仏分離令により
仏像は大願寺に遷され、
秀吉公を祀る豊国神社となりました。
千畳閣は、秀吉の急死によって工事が中止になり
千畳閣の隣に建つ五重塔は
とても美しいです。
この近くの茶店で
気になっているのが
太閤力餅です。
千畳閣を建てるさいに
工事の休憩のおやつに
出されたのが太閤力餅です。