少年の現在 (忘れてはいけない悲劇)
一橋文哉 が、2004年秋に法務省 幹部に取材を行ったところ、「ある団地の一室で法務省関係者と同居し、一緒に炊事や買い物を行うなど社会勉強中です。少年院で取得した溶接の資格を生かし、仮退院の数日後から毎朝8時、篤志家 の一人が経営する工場に歩いて出勤し、仕事ぶりは極めて真面目。夕方5時に退社後は、保護司宅で面談を受ける日々です。ほかに毎週1回、精神科医のカウンセリングを受け、10日に1回程度は、母親とも会っているようです」と語っている[68] 。また、法曹関係者は「別の身元引受人と養子縁組して名前を変えたほか、出生地や学歴など偽のプロフィールを用意し、同僚や付近住民も正体を分かっていません。年齢も22歳になり、少年院で毎日、5階までの階段ダッシュを15往復、腕立てと腹筋を各100回こなし、身長170センチ、体重70キロと心身ともに逞しくなった。事件当時の写真を見た人でもまず、今の彼は分からないでしょう」「犯罪者予防更生法 で1週間以上の旅行は許可が必要など、ある程度の制約は受けていますが、酒は飲めるし、好きなテレビゲームに嵌まるなど基本的に自由な生活を送っています。しかも04年末までの保護観察期間が過ぎれば、同居者も姿を消し完全フリーになるんです」と語っている[69] 。
少年の居住地や勤務先について、法務省は「彼の更生には世間の温かい理解と協力が重要だ。公表は支障をきたす」とノーコメントを通し、マスコミや市民団体に、意図的に偽情報を流しているフシがあるという[70] 。全国各地で「酒鬼薔薇が都内の保護司宅で新しい生活を始めた」「埼玉県に住む身元保証人と養子縁組し、全くの別人に生まれ変わった」などの情報が乱れ飛んだ[70] 。少年が住んでいた神戸市 でも、地元住民が「少年が家族とともに舞い戻るのではないか」と疑心暗鬼に陥っているという[70] 。
一橋の取材によると、少年の更生プログラムの病理診断の欄に「現時点にあっても、少年の病理は『寛解 』段階に過ぎない」とあり、「現時点」は「退院しても問題ない」とされる「総括期」を指しており、少年の性的サディズムは治癒しておらず、退院直前でも再発する可能性が十分あることを、法務省が認めていたことになっている[71] 。また、前述のように退院間近の少年が少年院で問題を起こして、誰もが「性障害が完治していなかった」と医療少年院に戻されると思っていたが、「何しろ、この段階で少年を送り帰そうものなら、仮退院はパー、国家の威信をかけた更生プログラムを組んだ法務省の面子は丸潰れになる。そこで院内には厳重な箝口令が敷かれ、何と少年の奇行はウヤムヤになり、社会復帰のための最終的な研修は予定通り終了したことになってしまった。上層部は保身に走り、現場の少年院も『やるべきことはすべてやった。こうなれば一刻も早く、少年を手放したい』という腫れ物に触るような弱腰姿勢が見え見えだった。もっとも更生したかどうかの決定的な証拠など、何もないからね」と法務省幹部が語っており、一橋は「冗談ではない。人間の一生や人々の安全というものは、役人の面子や保身で決める話ではあるまい」と批判している[72] 。