遂に我が家に、わんちゃんやって参りました







犬種は、ビジョンブリーゼ と言います。

旦那さんの実家でずっと飼っている犬種だそうで、最近ではCMでたまにお見かけすることも

白くてもこもこで、可愛いわんちゃんです😍



まだ3ヶ月経っていないので、ホントちっちゃい!!片手で持てちゃう

お迎えに行った日はお名前がまだ決まってなくて、呼んで反応してくれた名前にしよう!!
なんて言ってたけど、どれも反応なし

ですよね〜


旦那さんに聞いてもどれでもいいよ、って言うばかり
ツイッターでやるせない気持ちを呟いてみたら、何人かからこれがいいと言ってくれた人も


それでもなかなか決まらず、最後はペットの姓名判断で

で、目出度く


「ラテ」

に決まりました




お写真でもわかるように、この子足短い

そのせいだと思うけど、犬らしく座れなくて、横に開いてしまう
なんか、白いし、ウサギみたい🐇





ではここで、ボツになったお名前をいくつか…


・ぽぽちゃん(成犬になるとたんぽぽの綿毛みたいだから)
・ころちゃん(昔私が遊んでた犬のおもちゃ)
・ふわちゃん(そのまんま)
・もふちゃん
・ぽーちゃん(ぷーちゃんと呼びたいところ、ぷーちゃんは沢山いる。ぺーぱーぴーはなんか違うので)
・まさよ(旦那さんと私の名前から)
・マムちゃん(結婚式を挙げたトマムのマム)
・くもちゃん、もくちゃん(だから毛がね)
・海ちゃん、みうちゃん(7/23生まれだから)
・たるちゃん、すいちゃん(垂という感じがブリーダーさんの住所にあったから)
・小丸ちゃん(旦那さんJr.そして旦那さんと私の名前から)
・たまちゃん(成犬になると頭が丸いからまるちゃん→ちびまる子ちゃん→まるちゃんは2匹もいらないので、そのお友達のたまちゃん)
・ジジ(呼びやすいし何となく)
・シロ、ポチ(やけくそで)

そのほかこんなのがいっぱいあって
まぁまぁいいせんまでいったのが

・かぼすちゃん(お素麺にすだちを絞っていた時に、すだちをかぼすと勘違い。丸いフォルムがね)

最後まで残ったのが、
・チャイ(私達、チャイティーラテが好きだからと、子供がいないので、チャイルドから)
・ミルク(ブリーダーさん家に見学にいった時、お乳飲んでたのと、白いから)
・ラテ(ミルクをイタリア語にしてみた)

そんなこんなで、ラテになりました



私としては、名付けるだけでも、長ーい道のりでした

当の本人、ラテという名になったのを、3日目にしてようやく勘付いてきている様子。






きっとずっと警戒心丸出しなんだろうなぁ、なんて思ってたらとんでもない!!


女の子なのだけど、とても寂しがり屋らしい。
うちに来た当初は、初めての場所だからかすごく好奇心旺盛で元気で大変〜なんて思ってたけど、いつも人の側に居たいらしく、こちらに来たのに気づけず、よく蹴ってしまう



今日もお昼ご飯食べてると、

あれ?ラテがいない?おトイレかしら?

って思ったら、なんと椅子の真下で寝てる


席を立ったら踏んづけちゃうとこだったじゃん!
と、プーさんベッドに連れて行く



あ、ラテの下敷きになってる黄色い物体もプーさんクッション。

気に入られてしまったそうで、泣く泣くあげました


でもプーさんのぬいぐるみはあげなくてよ!!

大切な、大須賀祭り4の時に頂いたプーさんを齧り始めたので、慌てて救出!!



話はそれちゃったけど、暑いのか、気がつくと





そして気がつくと、




うーん、動けないじゃん




と、今日は初の二人きりだったけど、(多分)仲良くやってます




6月に大阪に来て早、約二ヵ月半経ってしまったけど、大阪ライフを軽く綴ってみます



最初は相当退屈で
だって今もそうだけど、お料理しない専業主婦って、ホント時間を持て余す。
来た当初は引越しの荷解きで、ほぼ全て私が片付けていたからやることあって、お片付け楽しかったけど、それも終わると何していいのか分からず、おもむろにストレッチ…まだ時間あるからエクササイズ…そしてまるちゃん帰って来る前に早めにお風呂…
みたいな


そして色々かいつまむと、

①スポーツクラブ通い始めました(笑)
②わんちゃん飼うことに決まりました

ってところでしょうか?


この何ヵ月で悲しいことが沢山あったけど…

お世話になった方や、義理のおじいちゃんが亡くなったのもそうだけど、何よりも自由に大須賀祭りが出来なくなったこと。
本当に悲しかったし、私終わった、って気持ちだったけど、新たな縁も生まれ、楽しいことも沢山ありました

正直大阪は怖くて絶対馴染めないって思ってたけど、この約二ヵ月半でもう慣れて来ました


ってことで、愛と笑顔を忘れずに、またゆっくりと、気まぐれに①と②について日記を書いてみま〜す







ホントは初大阪での生活の事を書きたかったけど、あまりにも心の中に溜まっているようだから書いて吐き出してみる。



先日?教えに行ってた学校の先生が亡くなりました。
週に2度会うくらいだったけど、その方には教え始めた頃から随分とお世話になりました。


本当にその体と同じく、もしくはそれ以上に寛容な心で、生徒だけではなく、講師の私達まで色々と気にかけてくださって…


ある時は、八景島シーパラダイスでの、ハロウィンイベントも観に来てくださったこともありました。
なかなか5分くらいの出番が一回だけって誘いづらいし、誘っても来ないぱてぃーんの方が多い中、何故かその先生は来てくれて

どうやらお家から近い所だったから、なんて仰ってましたが、それにしたってねぇ
一回こっきりの出番を観てくださって、本当にありがとうございました!!!!

大須賀祭りの本公演も、観に来て下さるって仰ってたのに、私がぐずぐずしてたから…




それに一つだけ心残りがある。

一度だけ、先生に対してめっちゃ怒っちゃった事がある。
先生が悪いわけじゃないのに。


その学校は変わってて、式典を行うようなホールで授業出来るようになってて、私の教えるジャズダンス は、当初そこで行われてました。
授業の前日に式典、なんてこともしょっちゅうで。
その日のうちに授業出来るように直しておけばいいのにしないから、毎回朝登校して、あれ?何々がない、あれ?スピーカー繋がってないけどどうやるの?そもそもコードすらない…

なんて、メカ音痴の私にはとってもとってもストレスで…
私はジャズダンス 教えに来てるのに、何なの!?教えて欲しくないの!?私じゃ嫌なの!?

って、まだ精神的に幼かったのかな…
と言うか、積もりに積もってたんだろうなぁ。私、普段ほぼ怒ることがないから。それも声を荒げるなんて、普通に生活してたら全くない。

なのにあの日は我慢できなかった…


ごめんよ、先生。
よくよく考えたら、先生が悪いわけじゃなくて、学校の体制の問題だよね。
なのに、あんな風に声を荒げてしまって。



告別式だけ行けたから、短い時間だったけど、それを弁解しよう、なんて待ち時間に考えてたのに、いざ先生を見たらすこーんと忘れてしまった


どうかご冥福を…


しか出て来なかったよ。




まぁ、本当にすごい先生で、そんな事件の後私に謝ってくれて
後になってみると、いやいや、私がヒステリックだったんだよ!!私が悪いんだよ!!ごめんなさい!!!!

の自己嫌悪…



今私の気持ちを知ったとしても、先生はきっと、許してくれちゃうんだろうなぁ。

何言ってるんですか、大須賀先生。全く気にしてませんよ〜

なんて言ってくれそう



だからこそ余計に、うぅぅぅ、となって、ここ最近調子が悪い。




本当に凄い先生で、素晴らしい人間だったんだなぁ。
結構急だったのに、告別式は、お部屋にみんなが入りきらないほどの人数が駆けつけてた。いや、告別式だけじゃなく、お通夜もそうだったみたい。

こんなの初めてだ!!芸能人みたい!!!
って別室で、告別式の様子をモニターで見ながら思ってたっけ。

やっぱりいい先生なだけじゃなく、素晴らしい人間だったんだなぁ。



それにしても49歳という若さ。
若すぎるよ。
今世の試練がもう終わっちゃったからとかなの!?
何となく、先生のことだから、あちらでも教えるか、人生相談にのってそう。
てゆーか、きっとご自分のお葬式なのに、その人数にびっくりしてそう



これから先生、やることいっぱいで大変だろうなぁ。

本当に、手のかかる子達ばっかりだったからねぇ。
気になる子達全員の様子を見に行くの、絶対大変!!
49日じゃ足りない気がする



生前、反抗的な生徒もいるけど、嫌いになれない、って仰ってたそう。
分かる〜って、うんうん頷きながら聞いてたなぁ。
私ら講師にはそこまで反抗しなかっただろうけど、教員の方々は、いつも大変そうだったからなぁ。


なんて思い出しながら、最後のお別れをしてきました。




そう言えば先生、ちょっと若くなってて、髪の毛も綺麗にセットされて、アロハシャツってところがまた先生らしくて良かった

ある意味私がよく知ってる先生ではなかった

でもそれもまた思い出に残るお別れになってよかった。





いつもは自分の両親のことを考えてしまうけど、今回は自分との方が年齢が近いから、どうしても自分の事を考えてしまった。



そして考えついた言葉はやはり、


人生は短い。
悔いのない人生を歩みたい。






先生のおかげで、もう一生会うことのないであろう生徒達に出会えた。みんなの近況を聞けたのも嬉しかったなぁ。
中には2歳の子供がいるのに、おんぶしながら舞台稽古してる、ってすごい


本当に、先生に感謝だなぁ。



私は先生のように寛容ではないし、出来た人間ではない。
先生のようになりたい、なんて言えないけれど、今回教えていただいた様々な教訓を胸に、私だけの人生をしっかり歩んでいきたいと思った。