夏はビキニだということでシックデザインのティーラカウルというカウルをヤフオクで落札して取付けました。
ちょうど純正色のやつだったので違和感無くつきました。
効果はそれなり。
見た目は正義の味方感がアップしました。
2011年の夏にボランティアツアーで宮城県に行って人生観が大きく変わった気がします。
バイクに乗りたいと思ったのも実はその辺りの理由。
2012年の5月ついに念願の東北ツーリングに出かけました。
目的地は陸前高田。
バイクに安物のシーシーバーを取付け荷物を括り付けて早朝出発。
昼過ぎまで東北道をぶっ飛ばして昼過ぎに一関ICへ。
そこから一般道を海に向けて快走。
途中ののどかな景色は本当に心が洗われました。
バイクに乗りたいと思ったのも実はその辺りの理由。
2012年の5月ついに念願の東北ツーリングに出かけました。
目的地は陸前高田。
バイクに安物のシーシーバーを取付け荷物を括り付けて早朝出発。
昼過ぎまで東北道をぶっ飛ばして昼過ぎに一関ICへ。
そこから一般道を海に向けて快走。
途中ののどかな景色は本当に心が洗われました。

そして陸前高田市に入ったとたん衝撃的な光景でした。
何もかもが津波で流され瓦礫の撤去も進んで積み上がっていましたが
もはや北斗の拳やマッドマックスにでてくるような荒野。

ここに街があって人々がくらしていたなんて...
とりあえず陸前高田市の高台にあって被害を逃れたホテルにチェックイン。
そして気仙沼方面にぶらり。

気仙沼線の駅前に大型の貨物船が乗り上げてまして、これはモニュメントとして残されるそうです。鉄骨で固定されていました。
ということはこの電車はもう復活する事がないのかな。
驚いたのは震災から1年経つのに信号機も動いてないところが沢山あった事。
交差点はお見合いしてゆずりあいで通過します。
気仙沼にはいくつかの屋台村みたいなのが出来ていて復興作業員などを相手に商売していました。そこで名物の気仙沼ホルモン丼をいただきました。
お店のお姉さんに大歓迎されて当時の話をききましたが想像絶する物でした。
明るく話していましたが。
気仙沼は宮城県で陸前高田にくらべて復興作業が大幅に遅れていました。
県の違いでこういう違いがあるのは現地を見なければわかりません。
国が役に立っていない証拠ですね。
翌日はそのまま南下して南三陸を見てきました。
南三陸はリアス式海岸と呼ばれるところできれいな山と悲惨な津波の被災地が交互に現れる感じでした。復興には10年かかると感じました。
自分に出来る事を探そうと思いました。




