その日は部室に行く足が少し重かった。
ああ、緊張してる。
私にも女な部分があるんだ。
良かった。
せめてもの救いだ。
桃花は音楽に夢中で、正直、男なんかどうでもいいやって感じだったから、見かけ以上に無垢なのだ。
イノセントな森ガール。
うーん、なんかいい詩が書けそう。
ヘビメタの詩って、結構肉食系男子だったりするし、まあ、詩なんて付録だし。
でも今なら素敵なラブソングが書けそうじゃない。
ああ、ギター置いてくるんじゃなかった。
「やあ」とルカが声をかけてきた。
さすが、森ガール好きを自称するだけのことはある。
ある意味、登山ですか?と聞きたくなるような格好。
桃花はすぐに反省した。
そうだ、ギターは捨てたんだ。
何がいい曲だ。
そんなこと言ってるから、今まで男ができなかったんじゃない。
今はその時なんだから。
絶対に負けられない試合なんだから。
そう、見た目は森ガール、中身は獣。
イケメン狩りが始まったのよ。
「オッハー、ルカ」
ルカは面食らった顔をした。
「何、ギャグ?おはよう、桃花」
しまった、蒼井優のつもりだったのに、古すぎた。
ルカは桃花の横に座った。
二人だけの部室。
それは静か過ぎて、心臓の音さえ聞こえそうだった。
それきり沈黙が続いた。
バカ、バカ、私。
しょうもないギャグのせいで言葉をなくしてるじゃない。
「名前で呼ぶのって、緊張するね」
ルカが口を開いた。
うん、まさか緊張してるだけなの?
「下の名前で呼ぶのって、結構勇気いるね」
そっか、そういうことだったのね。
「うん、ドキドキする、なんか胸の中に時限爆弾仕掛けたみたい」
「ほんと、いつ爆発してもいいくらい、ドキドキしてる」
名前で初めて呼んだ時、ドキドキした。
「なんか、喋りがよそよそしいね」