第1章 沙希とみさき
「もしも背中に翼が生えていたら、
何がしてみたいって?」
車椅子に座った少女、石渡沙希。
「それはね……」
沙希はじっとその様子を眺めていた。
「羽を広げて……、飛んでみたい……」
なぜって……?
病院の屋上で今まさに一人の女性が柵を越え、
沙希の方を見ていた。
沙希のママ奈菜は、柵越しに沙希に笑いかけた。
そして翼を広げ、跳び出した。
そのまま沙希のママは沙希の視界から消えた。
ママの弱弱しい顔が浮かぶ。
「あなたは何も悪くないのよ。悪いのはきっとママね」
抜け落ちた羽根が風の中で舞っていた。
「ごめんね、沙希、もう、疲れたの」
ママの目から涙がこぼれ落ちた。
もしも、足が悪くなかったら、
ママに駆け寄ることができたのに。
もしも、翼があったなら、羽を広げて、
ママの側まで飛びたっていたのに。
地上に落下する前に、ママを抱きしめてあげたのに。
私の背中には羽が生えてない。
死にゆくママに駆け寄ることも、
歩くことだってできなかった。