(2023.5.12)
緊急事態条項(国家緊急権)について、弁護士会の会長声明などを掲載する内容です。
⇒まず、憲法記念日における総理メッセージはつぎのとおりです。
○「第25回公開憲法フォーラム」岸田総裁ビデオメッセージ(全文)自民党憲法改正実現本部(2023年5月3日)より(抜粋要約)
「新型コロナへの対応、あるいはロシアによるウクライナ侵略を受け、緊急事態への備えに対する関心が高まっています。災害の時代とも言われる今、大地震等の緊急時において国民の代表である国会の機能をいかに維持していくのか。有事における迅速な対応を確保するため、憲法にどのような規定が必要か。国民の命と安全を守るため、真剣に議論を深めていかなければなりません。」
「憲法改正に向けた機運をこれまで以上に高めていくことが重要であると考えています。」
「われわれは挑戦し続けなければならないのです。」
⇒複数の弁護士会の会長声明など(抜粋要約、時系列)はつぎのとおりです。(それぞれに重複する内容を含みます)
○国家緊急権を設ける日本国憲法の改正に反対する会長声明(2015年4月17日)
福島県弁護士会会長
一般に,国家緊急権とは,戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など,平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において,国家の存立を維持するために,憲法秩序を一時停止して非常事態をとる権限を言うとされる。自民党の憲法改正草案には,第98条及び第99条において国家緊急権の規定が定められている。
国家緊急権は,立憲的な憲法秩序を一時的にせよ停止し,行政府への強度の権力集中と人権制約を伴うものであることから,行政府による濫用の危険性が高く,人権保障と権力分立を旨とする立憲主義に抵触するおそれがある。これまでの歴史を振り返ってみても,非常事態の宣告が正当化され得ないような場合であっても非常事態が宣告されたり,非常事態が去った後も憲法秩序を回復させることなく人権侵害がなされてきた例は枚挙にいとまがない。そのため,日本国憲法は,国家緊急権の規定をあえて置かず,災害等の非常事態については,平時からこれに対応するための法制度を整備している。
政府は,国家緊急権の新設を必要とする根拠として,災害対策をあげている。しかし,日本の災害法制は精緻に整備されている。たとえば,大規模災害が発生し,国に重大な影響を及ぼすような場合,内閣総理大臣が災害緊急事態を布告し(災害対策基本法第105条),生活必需物資等の授受の制限,価格統制,債務支払の延期を決定できる(同法第109条)ほか,必要に応じて地方公共団体等に必要な指示もできる(大規模災害対策特別措置法第13条1項)など,政府への権限集中の規定が存在する。また,防衛大臣が災害時に自衛隊を派遣できる規定(自衛隊法第83条)や,都道府県知事の強制権(災害救助法第7条乃至10条等)など,私権を制限する規定も設けられている。諸外国に見られるような国家緊急権の内容は,わが国においては,憲法に規定を設けなくても,すでに法律により定められているのである。
○緊急事態条項(国家緊急権)を新設する憲法改正に反対する会長声明(2015年10月14日)
埼玉弁護士会会長
2012年4月に自民党が公表した自民党改憲案には,国家緊急権(戦争・内乱・大規模自然災害などの緊急事態の際,政府が平時の統治機構では対処できないと判断した場合に,憲法秩序を一時停止して非常措置を行う権限)を具体化した緊急事態条項(第98,99条)が盛り込まれている。
近代国家において,国民の権利・自由に対する最大の侵害主体は国家である。憲法は,国家権力を制限して,国民の権利・自由を守ることを目的として存在する。これに対し,国家緊急権は,国家権力から国民の基本的人権を擁護するための憲法秩序を一時停止させる権限を国家権力自身に与えるものであるから,立憲主義を破壊する大きな危険性を孕んでいる。事実,国家緊急権は歴史上も国民の権利・自由を制限するための道具として使用されてきた。例えば,ドイツのヴァイマール憲法48条の大統領非常権限は14年間に250回以上行使され,ヒトラーの独裁へとつながっていった。フランス第5共和国制憲法16条の緊急権もド・ゴール大統領により濫用され,アルジェリアをめぐる反乱を1週間も経たずに鎮圧したにもかかわらず,その後5か月にわたり適用され続けた。
ところで,自民党改憲案98条1項は,「我が国に対する外部からの武力攻撃,内乱等による社会秩序の混乱」を緊急事態の宣言を発する一場面として明記している。そして,自民党改憲案99条1項は,内閣総理大臣が緊急事態を宣言した場合に,内閣に法律と同一の効力を有する政令の制定権を,内閣総理大臣に財政の支出権と地方自治体の長に対する指示権を与えている。内閣に国会と同様の立法権を与え,財政国会中心主義や租税法律主義といった財政面の民主的規律を棚上げすることで,戦争遂行のための租税徴収や財政執行が可能となる。地方自治体に対する指示権により,例えば地方自治体が管理する空港や港湾を政府の意のままに使用することも可能となり,このことも戦争遂行を容易にする。
また,自民党改憲案99条3項は,緊急事態の宣言が発せられた場合には,何人も,法律の定めるところにより,国その他公の機関の指示に従わなければならないと規定している。この場合においても,第14条(法の下の平等),第18条(奴隷的拘束及び苦役からの自由),第19条(思想及び良心の自由),第21条(表現の自由)その他の基本的人権に関する規定は「最大限に尊重されなければならない」とされているが,「侵害してはならない」とは規定されていない。そのため,本条項を根拠に政府に反対する勢力の表現の自由や集会の自由などの規制が正当化される危険性が高い。また,国民の意に反した徴兵制が創設されるおそれもないとは言い切れない。
以上より,緊急事態条項は災害対策にはまったく必要ではなく,立法事実が存在しないばかりか,むしろ立憲主義を破壊し,憲法が国民に保障する基本的人権を蹂躙する可能性も帯びており,さらには戦争遂行を容易にする危険性が高いから,当会は,緊急事態条項(国家緊急権)を新設する憲法改正に反対する。
○災害対策等を理由とする憲法上の国家緊急権の創設に反対する会長声明(2016年3月24日)
京都弁護士会会長
近時、東日本大震災やフランスでのテロ事件を契機にして、「国家緊急権」を具体化した緊急事態条項を創設すべきだとする憲法改正論議が提起されている。しかしながら、このような憲法改正は、権力分立、立憲主義という日本国憲法の基本原理に重大な危機をもたらすものであり、承服しがたい。
国家緊急権とは、災害、内乱その他の原因により、平常時の統治機構の作用をもっては対応できない緊急事態において、基本的人権などの憲法秩序を一時的に停止する非常措置権をいう。現在議論されている緊急事態条項によれば、緊急事態の宣言により、内閣は、法律と同一の効力を有する政令を制定することができ、また、財政上必要な支出その他の処分を行うことができるようになるものとされている。しかしながら、内閣にこのような権限を与えることは、法の制定者と法の執行者を区別するという権力分立の思想に真っ向から反する上に、法による権力の統制を意図する立憲主義の思想とも相容れない。この点で、緊急事態条項の創設は、権力分立、立憲主義といった日本国憲法の基本原理を破壊する大きな危険を有するものである。しかも、その危険は、緊急事態の認定や緊急事態の解除が内閣の閣議決定に委ねられる場合には、ますます増大する。すなわち,緊急事態条項の発動によって権限を得る者に、その条項の発動及び終了の判断を委ねる仕組みには、当然に濫用の危険が付きまとい,内閣の一存で緊急事態が続くという事態が生じかねないからである。
緊急事態条項の創設は、東日本大震災のような非常事態における内閣への権限集中の必要性を根拠に主張されるが、災害対策基本法や災害救助法などの法律の適正な運用と事前の準備によって、非常事態への対応は十分に可能である。仮に、現行法での対応が困難であることが予測されるのであれば,相応の法整備と事前の準備を行うべきであって、これこそが立憲主義国家の本来のあり方である。こうした対応なくして、拙速に緊急事態条項を創設しようとすることは、災害を利用して憲法改正を企てるに等しいものであって、立憲主義に重大な危機をもたらす。
以上のとおり、緊急事態条項の創設には、憲法理論及び法政策の両面から大きな疑問があり、権力分立、立憲主義という日本国憲法の基本原理に重大な危機をもたらすものであるから、当会は一層強く反対するものである。
○緊急事態条項(国家緊急権)を憲法上創設することに反対する会長声明(2017年1月24日)
札幌弁護士会会長
現在、国会による憲法改正の発議が現実になろうとしている。
昨年11月からは、具体的な改正条項を検討するために衆参両院の憲法審査会で実質的な討議が行われており、とりわけ与野党の複数の会派から緊急事態条項(国家緊急権)創設の必要性が語られている。
ここにいう緊急事態条項とは、戦争、内乱、恐慌、大規模な自然災害等、平時の統治機構をもってしては対処できない非常事態において、国家の存立を維持するために、立憲的な憲法秩序(人権保障と権力分立)を一時停止して非常措置をとる権限、いわゆる国家緊急権を、行政権力に認めるものである。
緊急事態条項(国家緊急権)は、行政権力その他の国家権力を制約して人権保障を実現しようとしている立憲主義体制を根底から覆すものであり、権力の濫用を生む危険がある。だからこそ、日本国憲法は、敢えて緊急事態条項(国家緊急権)を設けていないのである(帝国憲法改正案委員会における金森国務大臣の答弁)。
歴史的に見ても、ドイツにおけるナチスの独裁は、緊急事態条項(国家緊急権)を利用して多数の国会議員を逮捕し、国会を機能停止に陥らせて全権委任法を制定、首相(ヒトラー)に権力を集中させるという方法で確立されたものであった。また、日本においては関東大震災時に「戒厳」の下で国民意識が誘導され、社会主義者や朝鮮人の大量虐殺が行われたこと等、緊急事態条項(国家緊急権)は、計り知れない危険性をはらんでいる。
緊急事態条項(国家緊急権)は、濫用の危険が大きく、立憲主義を破壊して基本的人権の多大な侵害を引き起こす危険性を有しているばかりでなく、その必要性も認められないものであるから、当会は、緊急事態条項(国家緊急権)を憲法に創設することに、強く反対する。
○日本国憲法に緊急事態条項(国家緊急権)を創設することに反対する意見書(2017年2月17日)
日本弁護士連合会
国家緊急権とは,戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など,平時の統治機構をもっては対処できない非常事態(以下「緊急事態」という。)において,国家の存立を維持するために,立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置を採る権限をいう。
自民党は2012年4月に,「緊急事態」(第9章)を定めた「自民党改正草案」を公表した。
自民党改正草案は,外部からの武力攻撃,内乱等による社会秩序の混乱,地震等による大規模災害その他の法律で定める緊急事態において,特に必要と認めるときは,内閣総理大臣が緊急事態の宣言を発することができ,同宣言が発せられたならば,①内閣が法律と同一の効力を有する政令を制定できること(内閣の緊急命令権限),②内閣総理大臣が財政上必要な支出その他処分を行うことができること(内閣総理大臣の財政処分権限),③内閣総理大臣が地方自治体の長に対して必要な指示をすることができること(内閣総理大臣の指示権限),④何人も法律の定めるところにより,当該宣言に係る事態において国民の生命,身体及び財産を守るために行われることに関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならないこと(国民等の服従義務),⑤緊急事態の宣言が発せられた場合においては,法律の定めるところにより衆議院は解散されないものとし,両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる(解散権の制限及び議員の任期等の特例)とされている。
緊急事態条項(国家緊急権)は,立憲的な憲法秩序を停止して行政府に権限を集中し人権保障を停止させるものであるから濫用の危険があるし,現に過去において濫用されてきた。
ドイツでは,ワイマール憲法48条の大統領非常権限に基づき,14年間に250回以上も緊急命令が発せられ,例外規定の常態化を招いた。
1933年1月にヒンデンブルグ大統領により首相に任命されたヒトラーは,総選挙(3月5日)までの1か月間に,ナチス突撃隊等を駆使して政敵へのテロ行為を縦横無尽に行った。他方,同条に基づく大統領の緊急命令を根拠に,政敵の選挙集会の強制解散,機関誌の発禁処分,警察官の政敵への武器使用の容認などを行った。また,国会炎上事件を契機に出された大統領の緊急命令(国会炎上命令)を根拠に,多数のナチスの政敵を逮捕した。さらに,3月5日に実施された選挙の結果,ナチスは議席の過半数を確保できなかったにもかかわらず,国会炎上命令を根拠に共産党や社会民主党の国会議員を逮捕すること等により国会への登院を阻止し,「民族と国家の困難を除去するための法律」すなわち,「全権委任法(授権法)」を成立させた。
このように,ドイツでは,政敵へのテロ行為に加えて,大統領非常権限に基づき発せられた緊急命令によりヒトラーの独裁政権が樹立され,その後ユダヤ人の大量虐殺等の重大な人権侵害が行われたのである。
またフランスでは,1961年4月21日深夜に起きた4人のフランスの退役将軍によるアルジェリアにおける反乱に対して,同月23日にド・ゴール大統領が第5共和国憲法16条に基づき緊急権を発動した。その後反乱自体は同月25日から26日にかけて鎮圧されたにもかかわらず,大統領は根本的解決を名目として更に9月30日までの5か月間,緊急権を適用した。その間,強制収容の対象となる危険人物の範囲を拡大し,出版の自由を制限するなどの措置が行なわれた。
日本でも1923年9月1日に起きた関東大震災において,戦時や事変などに軍隊に権限を集中する制度である戒厳令中の一部(戒厳令9条及び14条)を緊急勅令(大日本帝国憲法8条)に基づき施行するなど適用範囲が拡大される中で多数の中国人や朝鮮人が虐殺された。そこでは軍隊や自警団が朝鮮人等を虐殺し(2003年8月25日「関東大震災人権救済申立事件調査報告書」参照),「大杉事件」や「亀戸事件」など無政府主義者や社会主義者が憲兵や警察により殺害される事件が起きた。
このように,緊急事態条項(国家緊急権)は立憲主義を破壊し,人権を侵害する大きな危険性をはらんでおり,歴史上も,緊急事態の名目の下,混乱に乗じて権力者の地位を強化するために濫用されてきた。そのため,日本国憲法の制定議会においても,大日本帝国憲法における緊急勅令(8条),緊急財政処分(70条),戒厳(14条),非常大権(31条)などの緊急事態条項(国家緊急権)を日本国憲法にも設けるべきかが問題とされ,審議された。
1946年7月2日及び同月15日の衆議院帝国憲法改正案委員会において,金森徳次郎国務大臣は,大日本帝国憲法改正案(日本国憲法案)に「緊急勅令」「緊急財政処分」「非常大権」などの規定を設けていない理由について問われたのに対し,(ⅰ)民主政治を徹底させて国民の権利を充分擁護するためには,非常事態に政府の一存で行う措置は極力防止しなければならないこと,(ⅱ)非常という言葉を口実に政府の自由判断を大幅に残しておくとどの様な精緻な憲法でも破壊される可能性があること,(ⅲ)特殊の必要があれば臨時国会を召集し,衆議院が解散中であれば参議院の緊急集会を召集して対処できること,(ⅳ)特殊な事態には平常時から法令等の制定によって濫用されない形式で完備しておくことが出来ること,と答弁している。
緊急事態において一時的とはいえ憲法上権力者に国家緊急権を授権することは,たとえその要件をいかに厳格なものにしたとしても濫用されることは避けられないという認識の下,日本国憲法は,緊急事態においても,行政府への権力の集中と人権保障の停止を本質とする国家緊急権によるのではなく,あくまでも民主政治を徹底することにより対応すべきであるし,それが可能であるとして,緊急事態条項を設けなかったのである。
そもそも,自民党改正草案が緊急事態条項(国家緊急権)を憲法上創設する理由の一つに,緊急事態条項(国家緊急権)に基づく権限の行使を憲法で縛り,その濫用を防止しようとする立憲主義が挙げられている。ところが,自民党改正草案は,緊急事態条項(国家緊急権)の全てにおいて,「法律の定めるところにより」との文言を含んでおり,重要な部分の多くを法律に委ねている。特に,98条1項は,緊急事態宣言の要件を定めるものであるが,それを「その他法律で定める緊急事態」として法律に委ねてしまえば,法律でいかようにも要件を定めることになり,憲法による縛りはなくなる。また,99条3項は,基本的人権に制限を加えることを許容するとも解される規定であるが,その内容についても法律に委ねてしまえば,平時では許容されないような人権制限が法律で可能となる。これは立憲主義を破壊するものであり,立憲主義の立場から憲法に緊急事態条項(国家緊急権)を規定すべきであるとの自らの論拠にも反する。
以上のことから,自民党改正草案の制度設計は,立憲主義に反し,緊急事態条項(国家緊急権)の濫用を防止することはできず,基本的人権を損なう危険性が避けられない。
当連合会は,自民党改正草案を含め,日本国憲法を改正し,戦争,内乱,大規模自然災害に対処するため同草案が定めるような対処措置を内容とする緊急事態条項(国家緊急権)を創設することに反対する。
○憲法記念日を迎えるにあたっての会長声明(2023年5月3日)
山形県弁護士会会長
現在、我が国では、国家有事に備えて、国会憲法審査会で憲法に緊急事態条項を創設すべきとの議論がなされている。緊急事態条項は、戦争、内乱、大規模な自然災害等、平時の統治機構では対処できない非常事態において、国家秩序維持のため、立憲的な憲法秩序である人権保障及び権力分立を一時停止する非常措置をとる権限、いわゆる国家緊急権を行政に認めるものである。
しかし、非常事態における例外的措置であるとはいえ、行政府に権力が集中し強化され、その濫用のおそれがある。それにより重大な人権侵害を生む危険があり、国家秩序維持のために立憲主義及び民主主義を根底から覆すものである。憲法に緊急事態条項を創設する必要があるか、国民に丁寧に説明し、慎重な議論が必要である。
以上です。
<備考>
○立憲主義の堅持と日本国憲法の基本原理の尊重を求める宣言(2005年11月11日)日本弁護士連合会
改憲論の中には(省略)憲法の「公共の福祉」概念が人権相互の調整原理と解されることを批判し、「公益や公の秩序」、「国民の責務」などの概念を導入して、国家的利益や全体的利益を優先させ、人権を制限しようとするものがある。しかし、「公益及び公の秩序」、「国民の責務」などの個々の基本的人権を超越した抽象的な概念を人権の制約根拠とすることを認めれば、基本的人権の制約は容易となり、人権制約の合憲性についての司法審査もその機能を著しく低下させることとなる。
立憲主義とは、もともと権力者の権力濫用を抑えるために憲法を制定するという考え方のことをいい、広く「憲法による政治」のことを意味している、とされる。そして、近代以降に、国民主権・権力分立・基本的人権保障の基本原理を伴った近代憲法が成立して立憲主義が定着したため、これを近代立憲主義の意味で用いることが多い。
日本国憲法の根本にある立憲主義は、近代立憲主義の考え方を継承し発展させ、「個人の尊重」と「法の支配」原理を中核とする理念であり、国民主権、基本的人権の尊重、恒久平和主義などの基本原理を支えている。
「個人の尊重」とは、人間社会における価値の根源が個人にあるとし、何にも勝って個人を尊重しようとするものである。一方では利己主義を否定し、他方では全体主義を否定することで、すべての人間を自由・平等な人格として尊重しようとするものであり、個人主義とも言われる。日本国憲法も「すべて国民は、個人として尊重される」と規定している(憲法13条)。そして、憲法の基本原理である国民主権と基本的人権の尊重も、ともにこの「個人の尊重」に由来しており、さらに、個人の自由と生存は平和なくしては確保されないという意味において、平和主義も「個人の尊重」に由来するとともに国民主権及び基本的人権の尊重と密接に結びついている。
「法の支配」とは、専断的な国家権力の支配(人による支配)を排斥し、権力を法で拘束することによって、国民の基本的人権を擁護することを目的とするものである。
日本国憲法は、「個人の尊重」と「法の支配」を中核とする立憲主義に基づくものであり、すなわち、すべての人々が個人として尊重されるために、最高法規として国家権力を制限し、人権保障などをはかるという理念を基盤とした憲法である。
「国民主権」とは、国政についての最高決定権が国民にあり、国の政治のあり方を最終的に決定するのは国民である、とする考え方である。
日本国憲法は、立憲主義の理念に基づき、「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる」と定め(憲法11条、97条)、憲法改正によっても変えることのできない権利として基本的人権を保障している。