皆さん こんにちは(^^)
今日、神社へいってきました。
手水舎がきれい
祈ってきました。
以前
「ここ最近、修羅場だった」と
書いたことがありましたが
追い詰められて
気づいたことがあります。
皆さんは追い詰められたとき
なにを考え なにをしますか?
本日も読んでいただき
誠にありがとうございます。
<(_ _)>
鳥居をくぐる![]()
わたしは 追い詰められていた
あのときに
今までほとんど やったことない事を
やっていて
自分でも驚きました。
それは 「祈り」 です。
「祈り」ときくと
とくになんの変哲もない
普通のことのような印象ですが
あの時のそれは ただの「祈り」ではなく
「取引き」でした。
廊下のライトが 寿命により
チカチカ 点滅しているのを見れば
「これを放っておいたから
こんなことになってしまったのだろうか」
とか
トイレ掃除をすれば
「もっと隅々まで綺麗にすれば
状況が良くなるのではないか」
とか
冷静に考えれば
まるで関係のないことを
ムリに こじつけて
「神さま。 もっといい子になるから
わたしを助けてください。」
という 取り引きを
自然とやっていることに気づくのです。
人間は そのむかしから
祭りをしたり お供えをしたり
ときには 生にえを捧げたりして
降りかかる災難をのりこえるため
祈願をくり返しているのですが
きっとこれは 信仰がなくても
普段 祈る習慣がない人でも
追い詰められたときには
本能的に 「神と取引き」しようと
するのではないかと思います。
というのも
スイスの精神科医
エリザベス・キューブラー=ロスは
生前の著書のなかで
「死の受容のプロセス」を
以下のように提唱しています。
- 否認・隔離
- 自分が死ぬということは嘘ではないのかと疑う段階である。
- 怒り
- なぜ自分が死ななければならないのかという怒りを周囲に向ける段階である。
- 取引
- なんとか死なずにすむように取引をしようと試みる段階である。何かにすがろうという心理状態である。
- 抑うつ
- なにもできなくなる段階である。
- 受容
- 最終的に自分が死に行くことを受け入れる段階である。
人は 追い詰められたとき
本能的に 神と取り引きをはじめる
これを 身をもって体験したとき
では 祈ろう と
たとえ 安全なときでも
穏やかなときであっても
わたしは 毎日祈ろう
それが人の本能であるならば と
そう決めたのでした。
わたしはその
ずるい取り引きのなかに
そして その無垢な祈りのなかに
波乱のなかであっても
平常なやすらぎを体験する力を
なんとなく 見つけたような
気がしたのです。
だからこそ 人は 本能的に
神に祈りをささげようとする
今後しばらく
自分の気持ちの赴くまま
この「祈り」に
身を預けてみたいと思っています。
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