皆さん こんにちは(^^)

 

日々、自分自身を観察していると

 

同じ事がらなのに

なぜその原因によって

これほどまでに

心持ちが違うのだろう

 

驚くことがあります。

 

 

ほんっっと

どうでもいいような事なのですが

 

天と地ほどの

差があるのです。

 

 

今回はわたしの

そんなちょっと恥ずかしい話を

聞いてください。(/ω\)

 

 

この度もマヤ子のブログにお越しいただき

誠にありがとうございます。<(_ _)>

 

 

 

 

わたしはよく お腹がなります。

 

その音はとても大きいです。

(*ノωノ)

 

 

職場など

シ~~~ンとしているときに鳴ってしまうと

 

 

それはもう

 

 

なかなかハズかしいです。

(/ω\)

 

 

でもその「恥ずかしい」という感情は

 

なぜかお腹がすいている時だけに

限られています。

 

 

わたしは満腹時でも

お腹が大きくなるのですが

 

その場合は

あまりはずかしいとは思いません。

 

 

同じ「お腹が鳴る」なのに

いったいこの気持ちの差はナニ??

 

と思ってしまいます。

 

 

 

 

今までわたしは

 

「お腹が鳴る。誰かに聞かれる。

 だからわたしは恥ずかしいのだ。」

 

と思っていました。

 

 

しかし

よくよく自分を観察してみると

 

上記のように

「恥ずかしい」と感じるのは

 

空腹のときに限られています。

 

 

よって、どうやらわたしは

 

恥ずかしいのは、お腹が鳴るからではなく

 

お腹がすくことは恥ずかしいことだ

誤解しているようなのです。

 

 

 

 

ではいつ

そのような観念を植え付けてしまったのか?

 

 

それは、思春期の小・中学校時代

 

静まり返った教室の中で

おもいっきり お腹がなってしまったことに

起因します。

 

 

それ以来、お腹が鳴るのが

はずかしくてはずかしくて

 

誰もいない教室で

おにぎりやパンを

こっそり食べていたこともありました。

 

 

その頃のキズを

わたしは大人になった今まで

ずっと引きずっていたのですね。

 

 

 

 

ユング心理学者の老松克博氏は

 

悩みや葛藤には

 原因があるだけではなく、目的がある

 

といいます。

 

 

悩みをもつその人が

 

これから変容して

そうならなくてはならない状態の一つ

 

それを達成させるために

 

悩みや葛藤があるのだと

 

 

 

そしてその

「そうならなくてはならない状態の一つ」とは

 

幼いころや 思春期にうけた傷を

癒すということも

 

含まれているのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

わたしの中の

お腹がすく=恥ずかしい事

の誤解された構図

 

 

こんな些細なことですが

 

それに気づき

癒すことができれば

 

悩みの目的を一つを達成したと

 

言えるのではないかと思います。

 

 

 

 

そして

このようなことに、一つ一つ

 

丁寧に向き合うことは

 

 

大人になったわたし達が

一生をかけて取り組むべき

課題といえるのではないかと

 

わたしは考えています。(^^)

 

 

 

*~*~*~*~*~*~*

 

受験生の皆さん

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