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永光さん、お誕生日おめでとうございます☆
【永光さんBD祭り2015】のカウントダウン企画に参加させて頂きました。
お二方とも、素敵な企画をありがとうございました!
【和名色×単語】をテーマにした、SSxイラストのコラボ企画です。
私の担当は「牡丹×妬」です。
この企画で初めましての絵師様、りっかさんと組ませていただきました。
素敵な絵をありがとうございます!永光さんの表情と溢れる牡丹がストライクで、ずっと眺めてニヤニヤしてます(*´∀`)
書くのが遅くてご迷惑をおかけしましたm(_ _ )m
りっかさんはTwitterにBDカウントダウン絵を投稿されてて、これが本当に素敵で毎日楽しみにしてました♡惚れます♡
企画を通して出会えたことを感謝しています!
<注意事項>
・二次創作の苦手な方はスルーしてください!
・影ちゃんの名前は○○にしています。
・旧奥希エンド後を想定しています。
・一部暴力的表現が含まれますので苦手な方はスルーしてください!
・一番肝心なことですがこの話誕生日関係ないです(滝汗)
『咲きて散りにし花の名は』
-終わり-
『咲きて散りにし花の名は』
☆ ☆ ☆
はらり、はらりと錦の紅葉が舞い落ち、江戸城を彩る。
永光が視察先から戻ったのは、秋晴れの午後のこと。城を出立した時よりも幾分風が冷たくなっていた。
将軍の名代として各地の大名家を巡るのは、得られる物も大きい。幕府に対する不満も要望も、肌で感じることができる。それは将軍として生きる○○を守る為に必要と判断したことだから、永光は苦にも思わない。だが、○○と会えないことだけは流石に堪えた。
青い空を背景にそびえ立つ江戸城を見上げ、永光は郷愁を感じた自分に苦笑する。
ここがいつの間にか、帰る場所になっている。
待つ人の姿を思い浮かべれば、それも悪くはないと思った。
『お気をつけて』と見送る寂しそうな笑顔が、ずっと目に焼き付いている。旅先で○○に似合いそうな可憐な品々を見繕っては土産にと贈ったのは、少しでもその寂しさを拭う為。
喜ぶ顔を見られると思うと、逸る気持ちで城門をくぐる。
いつもよりも随分と人の出入りが多い。わらわらと行き交う人の波をすり抜けて城内に入ると、たくさんの荷物が運び込まれている。
ずらりと続く行列は、どれも葵の間を目指しているようだった。
着物に調度品に簪、白粉。一目で贅を尽くした品々であるとわかるものばかり。
漆塗りの衣装箱に押された金箔の家紋を目にした永光は、僅かに眉をひそめた。
「これは……島津牡丹ですね」
「お万の君、お帰りだったんですか」
鷹司が永光に気づいて挨拶をし、それから行列を厄介そうに見遣る。
「これ全部、先日大奥入りした奴の贈り物だそうです。まるで輿入れみたいだ。紫京が涙を流して悔しがってましたよ」
どっちもどっちだけどと、呆れ顔で鷹司は立ち去った。
通りかかる男達が、羨ましそうに次々と運ばれる荷物を眺めている。
この大奥で出世をするには、実力や家柄もさることながら財力も物を言う。
だが、永光が気に掛かっているのはこの花嫁行列さながらに恭しく運ばれてくる豪奢な品々ではなかった。
「まさか島津からこの大奥に…」
呟いた声は、喧噪に紛れて誰の耳にも届かない。
視察先の各所で、幕府の目をかいくぐって行われている琉球の密貿易についての噂を耳にしたばかりだった。
琉球を制しているのは島津家である。
ただ、幕府の脅威となりかねないほどの財を成すものは取り締まられるが、ある程度の目こぼしはするのが暗黙の了解だった。
噂が流れるということは、見過ごせないほど幕府の利権が脅かされているということだろう。
その渦中の島津家からの大奥入りは、永光には単なる偶然には思えなかった。
「ああ、戻ったのか」
廊下を行き来する荷物を思案しながら眺めていた永光に、背後から声がかかる。
振り向くと、春日局が見慣れない男を従えている。
「圧巻だろう。すべて上様への贈り物だそうだ」
「いえ、畏れながら上様への思いを表すにはこんなものではまだ足りぬと思っております」
謙遜しながらも、男が満更でもない様子なのは伝わってくる。
永光は春日局に「この御方は…?」と促した。
「この者は島津家から大奥入りしたばかりでな。慣れぬこともあるだろうから、お万の君に指導を願いたい」
「お初にお目に掛かります、永光様。島津といっても分家の身ですが、この度は思いがけず上様にお仕えできる栄誉にあずかりまして…」
慇懃に腰を折る男の頭越しに、春日局と視線がかち合う。
相も変わらず、貼り付けた笑みの下に表情を隠してはいるが、思惑は読めないこともない。
わざわざ永光に目通りさせるということは、この男、何かがあるのだろう。
それを直接言わないところが、憎たらしいところなのだが。
永光は苦々しく思いながらも目顔で春日局に合図すると、顔を上げた男に向かってにっこりと微笑んだ。
「こちらこそ、宜しくお願い致します。武家の方がこの大奥にいてくだされば、こんなに心強いことはありませんから」
「もちろん、この身に変えても上様をお守りする所存です」
男は、薩摩の男らしく快活に笑った。日に焼けた肌、着物の上からでもわかるほど隆々とした肉体。
形だけ取り繕った訳では無い、日々の鍛錬に裏付けされた自信があることは、すぐにわかった。
そして腹の中に隠し持つ、鋭い刃のごとき野心の存在も。
「ところでお万の君。帰って早々にすまないが、久々に総触れを行おうと思っている。準備を頼んだぞ」
「………」
いきなり何を言い出すのか。永光は真意を計るために黙って春日局を見る。隣で新入りの男が、ぴくりと片眉を上げたことは見逃さなかった。
「そう恐い顔をするな。今の上様はたったひとりに夢中であらせられるから、そう気に病むことでもなかろう。ただ、他の者にも機会を設けないと平等ではない。上様とのお目通りが叶わぬとなると、大奥全体の士気が下がるからな」
確かに、○○と永光が祝言を挙げてからは総触れは行われていない。
大奥に生涯を捧げる者から見れば、それは出世の道を絶たれることと同じで、中には憚らず文句を言う者もいることは永光も把握していた。だから形だけでも取り繕っておけば、燻る不満の火種を消す効果があるとはわかってはいるが。
「承知いたしました。では、早速周知いたしましょう。上様をお迎えする準備がありますから、今すぐという訳にはいきませんが」
「わかっている。まあ、明日か明後日か、その辺りで都合をつけておくように」
「はい」
「ああ、視察の報告は後で聞こう。上様に贈り物の主を紹介しに行かねばならないからな」
春日局は新入りの男を促してその場を去っていく。
永光に一礼をする男の口元には、薄い笑みが浮かんでいた。
二人の背中を見送り、永光は小さく溜息をついた。
「まったく、何を考えているんだか……」
腹の底が見え透いた男を大奥に引き入れるとは、春日局がまた奸計をめぐらせているのだろう。
突然の総触れはあの薩摩男に対する罠としか思えない。
手の内も筋書きも知らされないまま始末を任されるのは、慣れているとはいえ不愉快だ。しかも○○に会いに行くのが、あの男よりも後になろうとは。
「さて、どうしましょうか」
苛立ちよりも、厄介事から○○を守ることだけを考えながら、永光は自室へ戻った。
☆ ☆ ☆
そろそろあの男も立ち去った頃合いだろうと、永光は葵の間に向かった。
旅の疲れを癒やすなら、まずは○○の顔を見なければ落ち着かない。
長い廊下を歩きながら、庭の一角にふと目を留めた。
そこは永光が特別に手を掛けて育てている花や薬草が植えられている場所だった。
そして今、そこには人影がふたつ。
「あれは……」
待ち焦がれていた○○の姿がそこにあった。永光が旅先から贈った簪を挿し、笑顔を見せている。
だが、それが向けられているのは自分ではない。
やや近すぎるのではと思う位置に立ち、○○と楽しげに話をしているのはあの男だった。
大奥には星の数ほどの男が上様の気を引こうと待ち構えている。さすがにこの程度のことで誰彼なしに咎めるわけにもいかないが、この男は何故か永光の心に棘を突き刺す。
盛大な贈り物と引き替えに、断り切れない○○を誘い出したのだろうと推測できた。魑魅魍魎が跋扈する江戸城にいても尚変わらない○○の誠実さは、こう言う時に徒になる。
永光は溜息をつき、さてどうやって引き離そうかと思案しながら歩みを進める。
二人から目を離さずに角を曲がったところで、男が○○に顔を寄せて何事かを囁いているのが視界に入った。手は腰に添えられ、傍目には抱き寄せているようにも見える。
ちりちりと燻っていた火がつむじ風に煽られて突然燃えさかるように、永光の胸の内を激情が焦がした。○○の顔は男の影に隠れているが、どんな表情を見せているのかと視線が険しくなる。
しかし男は、永光に気づくと会釈をしてそそくさと立ち去ってしまった。舌打ちしたい衝動を隠して、永光は○○に近づいていく。
「永光さん!お戻りだったんですね。お出迎えも出来ずにすみません」
○○は永光の姿を見るとすぐに顔を輝かせて駆け寄ってくる。その笑顔はもちろん、先程他の男に見せていたものとは種類が違うと永光はわかっていた。けれど、目に焼き付いた光景が消えない。
「いえ、すぐに会いに行かずに、私こそ申し訳ありません。騒がしかったので、後でゆっくり伺おうと思っていました。――その簪、思った通り貴女によく似合っていますね」
○○の腰を抱き寄せ、耳元に唇を近づけ囁きを落とすと、簪が揺れた。
記憶を塗り替える為にしたことだったが、永光はふと違和感に気づいて動きを止めた。
○○の甘い香りと、花の芳香。その中に微かに、けれどはっきりと紛れ込んでいる異物。
永光はすっと帯をなぞって、○○にもう一度囁いた。
「今夜のご予定はいかがでしょう?」
「っ…、何もありませんが…」
「それはよかった。少し遅くなるかもしれませんが、必ず行きますから待っていてくださいね」
頷く○○の首筋は朱に染まり、永光を誘う。
今すぐそこへ自分の物という証を刻みたくなるが、永光はすっと体を離した。
「それにしても、あの荷物は部屋に入りきったのでしょうか」
「あっ…あの新しく入られた方ですよね。ええと…たくさん贈り物をしていただいたのですが、誰かひとりからあんなに受け取ると不公平ですから持ち帰っていただいたんです」
困ったように目を逸らす○○は、あからさまに動揺している。それが先程の、あの男の囁きに原因があるのではないかと勘ぐるのは的外れなことではないだろう。
永光は目を細めたが、何も気づかないふりをした。
「そうですね。あまり華美な風潮が広まるのは好ましくありませんが……貴女には美しいものをまとっていて欲しいという願いは、よくわかります」
ただし、そう思う気持ちを他の男に許したつもりはない。
永光は花壇に視線を移すことで、湧き上がる闇をやり過ごそうとした。
手を掛けて育てた花々は、秋の彩りに変わっていた。
寒牡丹の紅、小菊の黄色、桔梗の紫……花の盛りは少し過ぎていたけれど、どれも永光が思い描いた通りに咲き誇っている。その中に佇む○○は、秋の色をまとって一層美しさを際立たせていた。
この手で慈しみ守りたいと思うと同時に、手折って閉じ込めて自分だけのものにしたい。そんな相反するように見える願いの根は同じだ。
――愛しくてたまらない。
「私が留守にしている間も、手入れをしていてくださったんですね。ありがとうございます」
「いえ…せっかく育てたお花が、永光さんが帰ってこられた時に枯れていては悲しいですから…」
冷たい風に大輪の紅牡丹が揺れた。花壇の中で一際華やかな存在感を放つそれを、○○が愛おしげに撫でる。寒空の下で白くて可憐な指先が牡丹色に染まっていた。
どくんと心臓が音を立てる。永光は今度こそ、体を支配する激情の名前を思い知った。
冬を呼ぶ乾いた風が永光から体温を奪っていく。
何故その花を愛でるのか、という問いは不毛だ。
一番近くにあって一番綺麗に咲いていた、ただそれだけのこと。偶然に理由をつける必要はない。
けれど。
永光は近くの道具入れから花鋏を取り出すと、満開に咲く牡丹を首から一息に切り落とした。
次々と落とされる牡丹で足元が赤く染まっていく。
「え、永光さんっ、何を…?」
「手入れをしているだけですよ。牡丹は花の盛りを過ぎると切り落とさなければならないんです。次の花を咲かせるために」
寒牡丹は手が掛かる。他意はないのだと、言い聞かせるように呟く。
○○は眉を下げ、名残惜しそうに溜息にせつなさを滲ませた。
「そうなんですか……まだこんなに綺麗なのにさびしいですが、花の為なら仕方ないですね」
「………貴女は優しすぎますね」
花鋏を手にしたまま永光は、一瞬手を止めて呟く。その横顔に落ちた陰に気づいた○○は息を呑み、咄嗟に永光の着物に手を伸ばして袖を引いた。
「あの、永光さ……」
「お話中のところ失礼致します。お万の君、御老中方が視察の報告をお待ちですが…」
縁側から控えめにかけられた声に二人が振り返ると、稲葉が申し訳なさそうに様子を窺っていた。
「今、参ります」
○○の手から、永光の袖がするりと滑り抜けた。
永光は振り向かず、稲葉の後に続いていく。
「…永光さん……」
遠ざかる背中を見送ることが出来ずに俯いた○○の視線の先に、切り落とされた紅色の牡丹が土で汚れているのが見えた。
それを拾い上げて、指先で汚れを払う。
「やっぱりさっきの、見られて……」
あの男に言い寄られていたところを誤解されたのかもしれないと思うと、不安が押し寄せる。どんな甘い言葉も、たったひとりから囁かれる言葉以外は耳に届かないのだと、はっきり言うべきだった。
言い訳をすることも出来なかったことを後悔しても、永光の背中はもう見えない。
「どうしよう…怒らせちゃったのかな……」
○○は、そっと両手で花を包み込んだ。
○○から見えなくなったところで、永光はそっと袂を探った。
手に当たったものを握りしめて取り出すと、それは薫り袋のようだった。
帯に忍ばせられていたことも、それをかすめ取ったことも、○○は気づかなかったらしい。
「これは……南蛮から取り寄せたのですね。こんなもので私の○○を……」
どくどくと体の内側を流れる血の音を聞きながら、永光は静かに前を見据えた。
夕餉の時間が過ぎ、外は薄夕闇に沈んでいく。
忙しく立ち働く男達のいる御膳所を出たところで、永光は声を掛けられて振り返った。
予想通りの人物に自然と笑みを浮かべると、相手も日に焼けた顔を歪ませて笑った。
「永光様。よかったら少しお時間を頂けませんか。総触れがあると聞いていますが、まだしきたりなどもわかっておらず、恥を掻く前に色々とお伺いしておきたいと思っているのですが…」
「丁度よかった。私も貴方と話がしたいと思っていたところですよ」
「ありがとうございます。ああ、人目について、私が永光様に取り入ろうとしていると思われたら困りますので……少し出ても宜しいでしょうか?」
「どこでも構いませんよ。さあ、参りましょう。貴方の望む場所へ……」
☆ ☆ ☆
通用口を抜け、城の裏手の野道を行く男の後をついていく。
「…さすがに、もういいのではないでしょうか?城の者は誰もいないように見えますし」
永光の疲れを滲ませたような言葉に、男は立ち止まって肩越しに振り返った。
「お公家さんにはきつい道のりでしたかな?普段自分の足で歩くことなどされないでしょうから」
夜の闇の中で、その目は刃の鋭さを剥き出し始める。
やれやれと言うように、永光はその視線を受け止めて流した。
「貴方は薄汚い道を歩くことに随分慣れているようにお見受けしますが」
男は喉をククッと鳴らし、くるりと身を翻すと可笑しそうに片頬を歪めて永光の目の前に立ちふさがった。上背のある男に見下ろされる形になっても、永光は穏やかな表情を崩すことはない。
疲れ切っているだろうと想像していた永光が汗ひとつ浮かべず足元すら乱れていない様子に、男はいぶかしがるように眼光を鋭くする。
凄んでも全く動じない永光に、男は逆にひるんだように野太い声を低く這わせる。
「まどろっこしいのは嫌いでしてね。単刀直入に言いますが、あなた一人が上様のお相手をなさってる現状を不満に思う人間は大勢いまして」
「単刀直入と仰りながら、回りくどい言い方ではないですか?もっとはっきり仰って頂いて宜しいのですよ?」
ちっと舌打ちをし、あからさまに苛立ち始めた男は、それでもまだ自分が優勢であることを誇示するように胸を張った。
「幕府に必要なものは世継ぎでしょう。未だ子も出来ず、側室もとらないのはおかしな話です。それに……」
男の笑みが、薄汚く塗り替えられる。あの快活とした目の光は、今はない。
「上様がたった一人の男で満足できるなら大奥などいらない。種なしのあなたに縛られて、お可哀想に。今夜から私がお慰めいたしますと、上様にはお伝えしたんですよ」
「……今、何と」
「おやおや、やっと本性が出ましたね。公家のお坊ちゃんにしてはいい目つきだが、俺にはそんなもの効きませんよ」
男は腰に下げた得物に手を掛け、ゆるりとそれを引き抜いた。
「この辺りは人通りが少なく、辻斬りや追い剥ぎなんかの良からぬ輩が好んで通る場所です」
「…それは貴方も同類、という意味でしょうか」
「骸が転がってても不思議じゃないってことだよ!」
一気に間合いを詰めると、男は永光の喉元に脇差を突きつけた。勝負あったとみて、男は笑みを隠しきれない。
「案外、落とすのは簡単だったな。あんたさえ消えりゃ、あの女も幕府も俺の思うがままだ」
ふふ、と永光は可笑しそうに笑って小首を傾げた。刃が僅かに肌に食い込むが、まるで気にしていない。
「堕ちたのはどちらでしょうか?」
突如、永光の首に押し当てられていた冷たい金属が離れて地面に落ちた。
それを追うように、かく、と膝を折った男が突っ伏す。
「こ…これ……は…?…っ…まさか…!」
「愚鈍極まりない…気づくのが遅すぎます」
永光は襟元の乱れを直しながら、足元に転がる男を見下ろした。
男は苦しげに唇を震わせているが、最早そこから意味のある音が紡がれることはない。
「大奥がどういう所なのかあまり理解されてなかったご様子。貴方には確かに指導が必要なようですね。供されたものを綺麗にたいらげていらっしゃったようですが……迂闊にもほどがありますよ?」
「なっ……あ…あ……」
永光は蒼白になった男の顔の横に膝をつき、懐から取り出した薫り袋を男の鼻先につきつけた。
「これは南蛮から密輸した曼陀羅華ですね?人を操る悪魔の笛と呼ばれるこれを我が国に持ち込んだだけでなく、あろうことか上様に使うとは」
侮蔑の眼差しに凍える男は、どうしてそれをと言うように目を見開いた。自分が企んだことを自白するかのような態度に呆れを通り越す。
「勝手に着物に忍ばせて、揮発した香りで少しずつ上様を思い通りにしようとしたのでしょうが、詰めが甘すぎますよ。ですから、正しい使い方を教えて差し上げました。ご自身で味見をされた気分はいかがですか?効き目は…ふふ、聞かなくても明らかでしたね」
永光は落ちていた脇差を拾い男の首元に突きつける。怯えて歯の根が合わぬ男は無様すぎて、興をそがれた。こんなところで時間を無駄にしたくはない。
永光が腹の上に脇差を放り投げると、男はびくりと体を跳ねさせる。どうせ男には、柄を握る力も残っていない。
「良い着物ですね。少し勿体ない気もしますが、夜目にも煌びやかで盗賊を誘う餌には充分でしょう。刀の切れ味を確かめたい御仁にとってはそそられる肉体でしょうし、野犬もこの辺りには多い。それから――」
永光は男の耳の側に口を近づけ、笑みを絶やさず何事かを囁いていく。既に血の気が失われていた男の肌はさらに青白くなり、震えは痙攣のように大きくなる。
それを見届けると、永光は音も立てずに立ち上がった。
「…短い間でしたが、貴方とお話しできて良かった。では、もし明日の朝目覚めることがあるならば、その時はまた」
かたかたと音を立てる歯をぎゅっと噛み合わせ、最後の力を振り絞るように、唯一自由になる目だけを精一杯横に向けた男は、そこにこの世のものと思えない笑みを目にする。
慈悲を与える菩薩にも、地獄の淵へ突き落とす閻魔にも似た、完璧な微笑みを。
「おやすみなさい、よい夢を」
「よく動く口だな」
「……おや。貴方も来ていたのですか」
気配もなく暗闇から聞こえた声に、永光は歩みを止めずに返事をする。
人に仕事をさせて自分は高みの見物とは、忍の名が聞いて呆れる。
「気づいてたくせに白々しい。あーあ、コイツも可哀相に。俺だったら一息に殺ってくれた方がマシだな」
「…………」
「幻覚と痺れで死んだような気分は味わえるだろうが、あの程度なら別に死ぬ訳じゃない。半刻もすれば動けるようになる。だが今の混濁した頭にアンタの言葉は効いてるだろうな。毒が抜けたら真っ先に奉行所に駆け込んでアンタの手から守って貰おうとするだろう。だがアンタは奉行所にも手を回してある。妄想に取り付かれた密輸の売人が大奥から逃げ出したってね。証拠はどうせ、用意してあるんだろ?」
「貴方こそよく動く口ですね。黙ってください」
「俺がどこで誰に何を喋ろうと、俺の自由だと思うけど?」
ぴたりと立ち止まり、永光はようやく後ろを振りかえった。濃紺の闇の中に浮かぶ隻眼に向けて、永光は袂から取り出した薫り袋を放る。
「…貴方の目的はそれでしょう。さっさと依頼主の元に届ければいい」
「話が早くて助かるよ。代わりにアンタの依頼も受けようか?」
「…………」
「はいはい。そんな怖い顔してると、いくら鈍い『上様』でも何かあったって気づくと思うけど?」
肩をすくめ、麻兎は闇に消えた。
永光は顔を上げて息をつく。木々の隙間からいつの間にか月が顔を出し、清かな光が永光を包んでいる。
「…○○を待たせてしまいましたね…」
冷えた夜空に、白い息が溶けていった。
☆ ☆ ☆
夜の底に沈む江戸城の最奥。
体を清めて支度を整え、永光は寝所の襖に手を掛けた。
表情も動作も、何も悟られてはならない。
一度深く息をつき、それから顔を上げて「失礼します」と、すっと襖を横に引く。
目に入ったのは、白と赤。ぺたりと床にしゃがむ細い背中と、水盆に浮かぶ牡丹の花が行灯に照らされ浮かび上がっている。そしてゆっくりと振り返った○○を見て、永光は息をのんだ。
「永光、さん………」
みるみるうちに瞳が濡れ、頬にぽろぽろと涙の筋が出来る。驚いて身を固くしている永光が見ている間に、それは後から後から溢れて流れ落ちていく。
「何故……」
掠れた呟きは、彼女ではなく自分への問い。永光はゆっくりと足を動かす。早く涙を止めなければ、と気は急いているのに、駆け寄りたくても上手く動かない。
やっと辿り着いて手を伸ばせば、堪えきれないように震える瞼が更に大きな涙の粒を落とした。
「何故……泣いているのです。何かされたのですか?怪我は?」
ふるふると首を振って○○は身を離し、永光から顔をそむけるように俯いた。
ささいな仕草が、また永光の心を締め付ける。
水に浮いた牡丹の花が目の端に映る。気高き紅が、じわじわと黒く染まっていく錯覚。
「あの男に……心を奪われたのですか」
「え…?永光さん、何を言って…」
「ここへ来たのがあの男ではなく私だったから、涙が出るほどがっかりしているのですか」
「そんな…っ!違います!」
「では何故泣いているのです。何故…あんな花を、大事に持っているのです」
「…私、永光さんを怒らせてしまったんですよね…?それで…永光さんがまた私の前からいなくなってしまうんじゃないかって思ってしまって不安で……だから、こうやって永光さんが来てくれて嬉しくて……」
永光は絶句した。○○の顎をすくい上げ、涙の下に隠された顔を見つめる。
恥じらいながら、でもまっすぐと永光を見つめる瞳には、確かに悲しみは見当たらない。
「………嬉しくて泣いた、というのですか?」
ひどい言葉を口にした自分を忌々しく思う。こんなにも純粋に、一途に想いを伝えてくる○○だと、一番よく知っているのに。
「この花を拾ったのは……永光さんが大切に育てた花だからです」
「………」
「次の花を咲かせるために生を終えたことはわかっていますが、こうして水につけておけば、まだ綺麗に咲いています。だからもう少しだけ、見ていたくて……そうすれば永光さんを近くに感じていられますから」
永光はくらりと目眩を覚えそうになる。暴れ出しそうになる愛おしさを、どう抑えておけというのだろう。
「永光さんは、この花が嫌いなんですか?」
「…いいえ、花に罪はありません。私が育てた愛おしい花です。愛でるときも手折るときも、私の手で……」
永光は水盆から牡丹を掬い、それを○○の髪にそっと差した。
濡れて滴る花弁は、○○を艶めかしく彩る。
「ひどいことを言いました……許してくださいますか、○○?」
「許しません…なんて、言えません。永光さんが側にいてくれるだけでこんなに幸せなんですから」
また新しい雫を溢れさせる○○の瞼に口づけても、涙は止まらない。
「困りましたね。いい加減に泣き止んでください」
「…永光さんのせいです…」
「ええ、わかっています。だから私は自分が許せない。貴女を泣かせていいのは私だけですが、涙を止められないのは例え自分だろうと許しません。こんな男は、貴女のそばにいる資格はない」
「っ、そんなことは…!」
はっと息をのみ、○○が永光の腕に縋りつき顔を上げた。大きく見開いた瞳から、最後の一粒が流れ落ちる。
それを指で拭い、永光はにっこりと微笑んだ。
「やっと泣き止みましたね」
「もう、永光さん…!」
「潤んだ瞳で睨まれても、効き目はありませんよ。誘っているのでしたら、充分効果はありますが」
「またそんなことを言って…もう知りません」
「すみません、愉しくてつい」
眉をきゅっとつり上げて咎めるように膨らませていた頬はすぐに緩まり、ようやく笑顔がこぼれ出す。
愛しい。愛らしい。この短い時間に泣いて怒って笑って、さて次はどんな表情を見せてくれるのかと待ち遠しくなる。
「では貴女を泣かせた罪を、償わせてください。○○、どうか私に罰を」
「そんなっ…、罰だなんて」
「貴女の好きにしてください。どんな仕打ちも、どんな命令でも聞きましょう」
「命令だなんて……」
「私にして欲しいことを、言うだけでいいのですよ?」
簡単でしょう、と微笑む永光に、○○は唇開けたまま言葉を紡ぐことができない。
じわじわと朱に染まっていく肌を愉しんでいると、意を決したように○○がか細く呟く。
「…では……抱きしめてください…」
その言葉に満足したように永光は優しく○○を抱き寄せる。
「こうですか?」
ふわりと○○を両腕の中に包み込めば、花とは違う甘い香りが永光を満たしていく。
○○はもどかしそうに永光の背にそろそろと手を回し、きゅっと着物を掴んだ。
「…もっと、強く…です」
「…これ以上強く抱いてもいいのですか?」
永光の胸に頬をあててこくりと頷く○○を更に抱き寄せると、赤く染まる耳に触れるほど唇を近づけて、吐息だけで微笑む。
「では、お望み通りに」
壊さぬように、でも止められない熱を込めて○○をかき抱いて褥に倒れ込む。首筋に唇を押し当て、ようやくついた赤い印と甘やかな声に満たされて息をつけば、○○がじっと永光の瞳を覗き込んだ。
「何か…あったんですか?」
「………何か、とは」
「何だか様子が…」
「変ですか?だとすればそれは、泣くほど私を欲しがる可愛らしい貴女のせいでしょう」
色事には鈍感なくせに、変なところで鋭い○○を黙らせるように、唇を塞ぐ。
重なり合い生み出される微かな水音で、吐息に熱が混じりだして永光を追い立てた。
いつの間にか髪から花は落ち、花びらが褥に散りばめられていく。しどけなく乱れた着物にも、そこから覗くすべらかな肌にも、絡まり合う間に張り付いては剥がれて、やがて境目がなくなってしまう。
牡丹の薫りが移った体は、まるで花の精だ。咲いても散っても、変わらずに永光を耽溺させる。
「……無事で、良かった…」
「…え…?」
「何でもありませんよ」
「……あっ……ん……」
柔らかな蕾をついばんで、永光はこぼれ落ちた呟きを彼方へと遠ざける。
彼女には何も起こらなかった。それがすべてだ。
白い肌は永光が触れる度に、薄紅に染められ匂い立つ。
手を掛けるほどに美しく咲き乱れる花を抱いて、永光は陶酔の中に沈んでいった。
-終わり-
☆ ☆ ☆
書きかけて放り出していたのを、今回のテーマにぴったり☆と思って引っ張り出し書き直しました。(決して手抜きでは…!)
牡丹と嫉妬って本当に永光さんにぴったりすぎて。
それがうまく表現出来ているかは不安なんですが、こうやって今年もまた永光さん一色に染まる数日間を過ごせて、すごく思い出に残りました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
牡丹と嫉妬って本当に永光さんにぴったりすぎて。
それがうまく表現出来ているかは不安なんですが、こうやって今年もまた永光さん一色に染まる数日間を過ごせて、すごく思い出に残りました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
