ここで珠洲焼について抜粋引用します。

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(以外 珠洲焼資料館HPより)
珠洲焼は、12世紀中葉(平安時代末)から15世紀末(室町時代後期)にかけて、珠洲郡内で生産された。北海道南部から福井県にかけての日本海側に広く流通した、中世日本を代表する焼き物のひとつである。

製造技術は、古墳時代から平安時代にかけて焼かれた須恵器の技法を受け継いでいる。
(以外略)

(以外 珠洲焼館HPより)
15世紀後半には急速に衰えて間もなく廃絶しました。
窯跡は、宝立町にある法住寺古窯跡をはじめ、約40基の古窯が調査によりわかっています。
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まず、珠洲焼須恵器です。
須恵器はそれまで焼かれていた土器(土師器)より高い温度で焚かれました。

土師器は野焼きで800℃ほどで焼かれました。
須恵器は、窖窯(あながま)を使用することで、温度を上げることができるようになり、1100℃ほどで焼かれ、耐久性が上がりました。
釉薬は使用しません。

一般的な陶器と須恵器の違いなのですが、私にははっきりとした区別が分かりません。

須恵器は、窖窯で焼かれ釉薬を使いません。
陶器だって、登窯だけではく窖窯でも焼かれますし、釉薬を使用しない焼締も多数有ります。

厳密には区別があると思いますが、不勉強です^^;

いや〜、前置きが長くなりました。
リキが入りすぎました。


で、まずは珠洲焼資料館を訪問。

一通り出土品や説明を拝見し、持参した珠洲焼を見ていただきました。

2〜3箇所候補を教えていただきましたが、「珠洲焼館」の方が分かるかもしれないと教えていただき、「珠洲焼館」を訪問。

珠洲焼資料館」の向いに有ります。

さっそく見て頂きました。
私の持参したものは、銘がはっきりしておらず、30年以上前だと銘が変っている可能性もあるし、難しそうです。

それでも写メを撮ってくれまして、復興当時のことに詳しい人に問い合わせていただけるとのこと。

ここで二名が候補にあがり、そなうちの一人の窯を教えていただきました。
その方が違っていても、その方が見れば復興当時の仲間のため分かると思うとのことです。

さっそく訪問しに出発しましたが、分かりにくい場所と聞いていましたが、全く分かりませんでした^^;

仕方なくお礼と購入のため、再び「珠洲焼館」を訪問しました。


多くの作家さんの作品をじっくり見ていると、先程写メを送って頂いた方から、間違いなくこの作家さんだとの情報が入りました!

やはり二名の方のうちの一人の方でした。

冶遊庵窯 能村耕」さん
復興当時の職人さんのひとりでした。

現在はご自分の窯は持たれていらっしゃらず、ギャラリーも無いとのことですが、作陶はもちろん続けているとのことです。

珠洲焼館」にも作品が置かれています。

いや〜
本当に親身になって頂きました。
一緒に喜んていただきました。
感謝 感謝 感謝 です!

本当に嬉しかったです。

能村耕」さんの作品をひとつ
ほかに4つ購入させて頂きました。

3つは珠洲焼を買いに行くと言ったら頼まれまして、花器を購入。

その方は、私の珠洲焼を見て「これ、珠洲焼じゃない?」と言われました。
凄いです。

本当に感謝しか有りません。
珠洲に来て良かった!

クライマックスを無事終了し、カフェタイムです。


さて、「道の駅 すずなり」へ

ここは2005年に廃線になった「能登線 珠洲駅」の跡地です。
こんなふうに珠洲駅が残されています。



こんな角度から撮影しても、早見優や松本伊代みたいなことにはなりません
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今日はここまで!
良い一日でした (^^)

走行距離 167km
出費 22554円
給油 36.35L×@134円