月々日々に――池田先生の折々の言葉
2026年4月20日
一つの言葉が忘れ得ぬ希望の人生のきっかけにもなる。
言葉を大切にすることは、心を大切にすることに通じる。
※『四季の励ましⅡ』を基にしています。
きょう創刊75周年――創価の師弟の魂を未来へ
2026年4月20日
聖教新聞はきょう4月20日、創刊75周年を迎えた。
戦後の混乱と経済的苦境の中、第2代会長・戸田城聖先生は広宣流布の未来を展望し、池田大作先生に広布の原動力となる「新聞」の構想を語った。
そして、恩師・戸田先生の会長就任直前の1951年4月20日、聖教は創刊の第一歩を力強く刻む。
恩師の心を胸に池田先生は、小説『人間革命』『新・人間革命』の執筆・連載をはじめ、広布と正義の言論戦を大きく展開し、同志への励ましのペンを執り続けた。創価の師弟の魂が脈打つ聖教は今、世界の人々へ希望と勇気を送る「人間の機関紙」として一段と充実を期す。
池田先生はつづった。聖教の使命は“仏の大慈悲をわが心とし、言論をもって、民衆の幸福に尽くす”ことである――と。
本紙は、きょうで2万2539号を数える。聖教を支えてくださる全ての方々への感謝を胸に、“世界の聖教”へ、さらなる発展を誓う。
【本紙創刊75周年記念】 原田会長らの談話――永久に師弟共戦の師子吼を!
2026年4月20日
世界聖教会館の入り口にある「聖教新聞 師弟凱歌の碑」には「一人一人に励ましの手紙を綴る思いで、ペンの闘争に挑み抜いてきた」との池田先生の真情が刻まれている
多くの方々に支えられ、創刊75周年の節目を刻んだ聖教新聞。ここでは「4・20」の創刊記念日に寄せて、原田会長、本社の萩本代表理事、「ブラジル・セイキョウ」のミヤモト社主の談話を紹介する。
原田稔会長
創価の正義を言論で宣揚
池田先生が逝去された2023年11月15日付の聖教新聞に掲載された、最後の随筆に記されていました。
「なぜ私たちは戦うのか。なぜ人材を育てるのか。それは、この世から『悲惨』の二字をなくしたいとの遠大な夢があるからだ」
この「遠大な夢」とは戸田先生の熱願にほかならず、池田先生は生涯をかけて、真の弟子の生き方を示してくださったように思えてなりません。
聖教の75年の歩みを振り返ると、それは師弟共戦の歩みそのものだと痛感します。
1950年8月24日、戸田先生は自身の事業が窮地に陥る中で、広宣流布の将来を見据え、機関紙発刊の構想を、まな弟子の池田先生に託しました。それからわずか8カ月後の51年4月20日、聖教新聞は産声を上げました。
池田先生は以来、寸暇を惜しんで自ら筆を執り、記事や見出し、写真の一つに至るまで揺るがせにせず、たびたびスタッフを指導しながら、日々の紙面に魂を入れてくださったのです。
私も64年に聖教新聞に入社し、翌年から小説『人間革命』の編集担当になりました。
当時の新聞は活版印刷で、原稿を工場に届けると、活字を拾うために切り分けられ、失われてしまいます。私は先生の直筆原稿を残すため、自分で書き写したものを工場に渡すようにしました。すると1回分を書き写し終える前に、次回分、次々回分と、先生から、すごい勢いで原稿が届くことが幾度もあり、師の言論闘争にかける「闘魂」を肌身で感じました。
連載開始時、週3回の発行だった聖教は、半年後に日刊化し、小説の連載も2倍以上に。国内はもとより海外指導にも赴き、激動の毎日を送る中での執筆がいかに至難であったか。先生は、体調を崩した際も口述筆記を行うなど、文字通り不惜身命のペンを執り続けてくださいました。
かつて先生が語られた言葉が、今なお私の脳裏に焼き付いています。映画「人間革命」のロケ地を訪れた帰りの車中で先生は、「牧口先生、戸田先生を宣揚するとはいっても、また、牧口門下がいかに多しといえども、牧口先生、戸田先生を現実に宣揚しているのは、誰もいないじゃないか! だから、私は、先師、恩師の偉業を書き残さなければならない。それが弟子の道じゃないか!」と。
その崇高な闘争は、終生変わることはありませんでした。
世界聖教会館の「聖教新聞 師弟凱歌の碑」に刻印された池田先生の言葉に、「永久に師弟共戦の師子吼が放ちゆかれることを信ずる」とあります。創刊75周年から100周年、そしてさらにその先へ、創価の師弟と正義を宣揚する聖教の使命はいや増して大きい。私もその発展に全力を尽くしていきます。
最後に、読者をはじめ本紙を支える全ての皆さまに、衷心より感謝申し上げます。
名字の言 生きる力を届ける新聞
2026年4月20日
「小さいのに大きい」「遠いのに近い」という言葉は一見、矛盾している。
だがこれに物理的な単位では測れない“主観”を入れるとどうなるか
▼「赤ちゃんの体は小さくとも家族内での存在感は大きい」「親友は遠方に住んでいるが心の距離は近い」。
そこに矛盾はなくなっている
▼ある女性部員の場合は「弱いのに強い」が当てはまる。
彼女は神経の病で入院した。
痛みと、握力の低下から、1部の聖教新聞さえ持てなくなった。
難聴のため、読み聞かせもかなわない。
“ならば、自分で手に取って読めるように、必ず元気になる”と決意した。
手の力は弱くとも、心と生き方が強かった
▼家族が面会のたびに新聞を届けた。
彼女は「生きる力を運んでくれて……」と感謝した。
ある日、ついに自らの手に取って紙面を読むことができた。
歓声を上げた。
病室の空間は狭かった。
だが、世界広布につながる歓喜の心が無限に広がった
▼以前、彼女の言葉を家族が代筆した便りを頂いた。
「苦難を乗り越え、広布の陣列に連なり、報恩感謝の人生を歩みます」との一文。
その通りに元気に退院し、広布第一線に復帰した。
今日も、本紙を待つ人がいる。
希望の源泉とする人がいる。
彼女もその一人である。(城)
寸鉄
2026年4月20日
本紙創刊記念日。
師弟の共戦譜を綴り届けて75年
更なる飛躍を皆様と共に
◇
人間関係広げる事は境涯を広げる事―池田先生。
心開いた対話を私から!
◇
脳は使うほど鍛えられる―学者。
会話や利他的な行動も糧に。
楽しく鍛錬
◇
小学生の事故「歩行中」が最多。
急に飛び出さないなど親子でマナーを確認
動画
【強制】創価学会の”思想試験”を何も知らない一般人に受けさせた結果...
(´・ω・) 中道・小川代表、世界各国の左派(政党・労働組合・市民社会の代表)3,000人超が集結する国際会議でスピーチ「戦争なき再分配」を提唱

