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和龍の知人の紹介で、久しぶりに解決困難な相談案件が持ち込まれました。
関係される方のご了解を得て、一部相談内容を改変してご紹介いたします。
なお、文中は平易な表現を用いていますので、法的正確性を欠く部分もありますがご容赦ください。

【主訴】
日本人夫・外国人(フィリピン人)妻の夫婦について、妻がフィリピンに一時帰国している間に、日本人夫が勝手に離婚届を市役所に出してしまった。
妻に離婚する意思はなく、離婚届に署名していないのに離婚届が受理されている。
この離婚届は不当なものだから取り消してほしい。
また、再び日本に入国する際、私の在留資格はどうなるのでしょうか?

【和龍の回答】
離婚届について、夫婦の一方に離婚意思がないのに、夫(もしくは妻)が勝手に離婚届を書いて役所に出してしまうというのは実はよくある話です。

そして、勝手に出された離婚届。これを覆すのは容易なことではありません。
勝手に出された相手方(この場合は妻)が時間をかけ、お金をかけ「この離婚届は真正なものではありません」と家庭裁判所に申し立てをして、裁判所から「確かにこれは偽造されたもの。なのでこの離婚届は無効です」と認めてもらい、さらにそれを市区町村役場に申請して戸籍の記録を訂正しなければならないのです。
んなアホな!  じゃあやったモン勝ちかい!という声が聞こえてきそうですが、法律上そうなっているのです⤵️

それでは、ここからはQ&Aで応答してまいります。

Q1  離婚届は市役所が間違えて受理したもの。妻本人が「取り消してほしい」と言うのだから離婚届を返して「無かったこと」にすればいいのではないか。
A1  市役所は間違えていません。市役所は離婚届に記載された内容を審査し、その記載内容が適法であれば離婚届を受理します(これを「形式的審査権」といいます)。
ちなみに、戸籍事務を管轄する法務局は「実質的審査権」と表される権限を有しています。
仮に離婚届が偽造されたものであったとしても、市役所はその経緯を知らず、偽造であることを知り得ないのですから、審査を進め届出を受理するのは当然です。
明らかにすべての記載の筆跡が同じである、離婚届の記載内容に誤記載が多い、窓口で「オレが全部書いた」などと言えば、不受理処分として離婚届を届出人に返戻するか、当該離婚届の受否を管轄法務局に照会します。
そして、一旦適法に受理された離婚届は、いかなる理由があっても本人に返戻されることはありません(離婚届は受理された時から「公文書」扱いとなるからです)。

Q2  では、その離婚届を取り消す(無かったことにする)にはどうしたらよいのか。
A2  勝手に出された離婚届を無効にするには、家事事件手続法第244条に定める人事に関する訴訟事件であり、人事訴訟法第2条第1号に定める人事訴訟にあたることから、家事事件手続法第257条第1項に定める調停前置を踏まえ、協議離婚無効確認調停を家庭裁判所に申し立てしなければなりません。
なお、妻が外国国籍であることから、人事訴訟法第3条の2第1号、法の適用に関する通則法第27条が関係しますが、専門的になりますのでここでは割愛します。
Q3  調停には時間がかかりますか。
A3  家庭裁判所の日程と相手方の協力によります。2ヶ月程度で結審することもあれば、年単位の時間がかかる場合もあるようです。
勝手に離婚届を出すような人にあっては、相手方(この場合は夫)の協力を得るのは難しいでしょう。
相手方が出廷しなかったり、必要書類を提出しなかったりと意図的に調停日を引き延ばすことがあります。こうなると調停の進捗が遅くなるのは否めません。

Q4  協議離婚無効確認調停が不調だった(成立しなかった)時はどうなりますか。
A4  調停が成立しない場合は、協議上の離婚の無効訴えという訴訟を家庭裁判所に提訴し、裁判で争うことになります。
これまた、長い時間がかかることが予想されます。
Q5  協議上の離婚の無効の訴えが認められた場合はどうなりますか。
A5  訴えが認められる(勝訴する)と訴訟の内容を記した審判書謄本が作成されます。離婚の無効の訴えは即時抗告の許される裁判ですので、審判の告知を受けた日から2週間以内に申し立てがないと結審(判決が確定)します。
裁判所に確定証明書を申請し、判決が確定してから1ヶ月以内に先の審判書謄本と確定証明書を添えて、住所地または本籍地の市区町村役場に、戸籍法第116条に定める戸籍訂正の申請を行ってください。
審判書謄本は裁判の内容が記されたものと、戸籍届出用に必要部分だけが記された省略謄本があります。戸籍訂正の申請の際には省略謄本を添付します。
また、確定証明書は当事者の請求により交付されるものです。請求しないと(待っているだけでは)交付されませんので注意してください。

Q6  妻の在留資格について
A6  日本人の配偶者を有する外国人の場合、「日本人の配偶者等」という在留資格を得ているはずです。
通常、この在留資格は5年(要件により3年や1年の人もいます)ですが、(虚偽の届出とはいえ)日本人の配偶者ではなくなったことにより、短期滞在(90日)しか認められない可能性があります。
事情を十分に説明して、出入国在留管理局に相談するしかありません。

番外Q  離婚届を偽造して勝手に出すなんて許せません。何か罰を与えたいです。
番外A  離婚届を勝手に書いて届出する行為は、有印私文書偽造罪(刑法第159条第1項)及び同行使罪(同161条第1項)にあたる犯罪です。
さらにこれを役所が受理し、戸籍に至らしめると電磁的公正証書原本不実記載罪(同157条第1項)及び同共用罪(同158条第1項)にあたります。

この案件については、ご相談いただいた方に心苦しいアドバイスとなりました。
勝手に出された離婚届は、出された側に何の落ち度が無くても、出された側が一つひとつクリアしなければなりません。
家庭裁判所への申し立て手続きとその費用負担。市役所や法務局での必要書類の準備。弁護士に依頼すればその費用。何回にも及ぶ裁判所への出頭(しかも、これらはすべて平日の昼間です)。

現場と実務を知る和龍としては胸が痛くなる案件でした。