本日、仕事に関する講義を受ける機会があった。
学生として学校へ通う年齢ではないが、この仕事をしていると定期的に研修や講義を受けることがある。
一年ぶりくらいだろうか。やはり、知らないことを知る時間というのは面白い。新しい知識を得ることはもちろん、普段とは違う環境に身を置くだけでも良い刺激になる。
一方で、以前の自分との違いにも気づかされた。昔の私は、このような講習会へ参加すると積極的に名刺交換をしていた。
「せっかくの機会だから」と、新しい人とのつながりを作ろうとしていたものだ。ところが今回はどうだったか。
見知った方に挨拶をしただけ。新しい出会いを求めることもなく、そのまま講義を受けて帰ってきた。
年齢を重ねたからなのだろうか。以前ほど積極性がなくなっている自分を少し寂しく感じた。
そして、もう一つ気づいたことがある。講義を受けながら、心のどこかで人と比べたり、自分の考えの方が正しいと思い込んでいる自分がいた。
仏教には「我執(がしゅう)」という言葉がある。
日常で使われる「我慢」とは少し意味が異なり、自分への執着が強く、自分をおごり、他人を軽んじてしまう心の状態を指す。
この「我執」が、自分の中にまだまだあることを改めて感じた。
正直、あまり気持ちの良い発見ではない。
しかし、それに気づけたことは一つの成長でもあると思う。以前なら、そのような自分に気づくことすらなかったかもしれない。
浄土真宗を再度学ぶようになってから、自分の心の動きを少しだけ客観的に見られるようになった気がする。
もちろん、我執がなくなったわけではない。むしろ、学べば学ぶほど、自分の煩悩の深さに気づかされる。
だからこそ、学び続ける意味があるのだろう。
講義では新しい知識を得た。
そして、それ以上に「今の自分」を知ることができた一日だった。
皆さんは、数年前の自分と比べて「変わったな」と感じることはありますか。それは良い変化でしょうか。それとも少し寂しい変化でしょうか。
もしよければ、皆さんの感じている「自分の変化」も教えてください
- 前ページ
- 次ページ