
~フィンランド・ピアノ名曲ベスト・コレクション1~
シベリウス:「樹の組曲」(ピヒラヤの花咲く時/孤独な松の木/ポプラ/白樺/縦の木)
故郷にて
ロマンス
キャプリス
パルムグレン:「3つの夜想的情景」(星はまたたく/夜の歌/曙)
粉雪
ロマンス
カヤーヌス:小さなワルツ
カスキ:前奏曲
メリカント:ロマンス
歌
夏の夜のワルツ
ハンニカイネン:夕べに
クーラ:羊飼いのポルカ
メラルティン:雨
ピアノ:舘野 泉
CD:ポニー・キャニヨン D32L0001
このCDは、今、左手のピアニストとして活躍している舘野 泉が、まだ両手で弾けた頃の録音である。舘野自身が執筆したこのCDのライナーノートの最後に、「1988年2月8日東京にて」とある。このライナーノートは、フィンランドのクラシック音楽の背景と、ここに収められたピアノ音楽が一曲一曲解説されており、フィンランドの音楽事情を知る上で、これだけでも大変貴重な資料となっている。これはフィンランドの音楽の演奏家として、わが国における第一人者である舘野にしてはじめて成し得たことであろう。わが国のクラシック音楽界にフィンランドの音楽を紹介した先駆者としては、フィンランド人を母に持つ指揮者の渡邉暁雄(1919年―1987年)を思い出す。ただ、渡邉暁雄は指揮者であったので、シベリウスの交響曲や交響詩「フィンランデア」などの曲の紹介に集中していたかに思う。
その点、舘野 泉はピアニストなので、フィンランドのピアノ曲のわが国への紹介という点では、先駆者である。フィンランドのピアノ作品にどういったものがあるかすら覚束なかった頃、舘野は積極的にフィンランドの作曲家の優れたピアノ曲をコンサートで紹介し、それらを録音したのが今回のCD「フィンランド・ピアノ名曲ベスト・コレクション1」なのである。このCDのライナーノートの舘野はこんなエピソードを書いている。「私がシベリウスの『樹の曲』の楽譜を手にしたのは35年ほど前になる。当時師事していた豊増昇先生にその楽譜を見せたところ、『可愛らしい曲だね。アンコールには使えるだろうね』とおっしゃり、それ以上の興味はなさそうであった」とある。豊増昇(1912年―1975年)は、当時のわが国のクラシック音楽界の重鎮であり、バッハやベートーヴェンを主要なレパートリーしていた。このことに舘野は「何か割り切れないもの気持ちを感じた」と記している。
そんなわけで、今回はまだまだわが国に馴染みが薄いフィンランドのピアノ曲に挑戦ということにした。このCDの中で比較的知られているのがシベリウスの「樹の組曲」である。シベリウスの曲は、よく知られているので、その他の作曲家の曲の中で、私が聴いて即お気に入りになった曲を紹介しよう。まずメリカントの「ロマンス」「歌」「夏の夜のワルツ」の3曲が抜群にいい。「ロマンス」の思わずうっとりするようなメロディーは一度聴いたら忘れられない。何か日本人の作曲家がつくった曲のように身近に感じられ不思議な感覚に捉われる。「歌」は、さわやかなで透明感ある感じが何とも印象的。そして「夏の夜のワルツ」は、聴いていて無性に楽しくなってくる。誰もがその場で踊り出したくなる気分にさせられる。舘野のライナーノートによると「メリカントの『夏の夜のワルツ』、セクーラの『結婚行進曲』となれば、これはもうフィンランド人の人生の一部といって過言でない」そうである。次にハンニカイネンの「夕べに」を挙げたい。夕暮れ時の雰囲気をこれほで鮮やかに表現した曲にはそう滅多に出会えるものではない。そして、メラルティンの「雨」。雨が降っている光景が眼前に広がる。ピアノが弾ける人は、これらの曲を披露すれば人気者になれること請け合い。なにしろ日本人の感覚にぴったり合うのですから。
これらのフィンランド人作曲家のピアノ作品を、鮮やかな技法で弾きこなしている舘野 泉の経歴をざっと見てみよう。舘野は、1936年に東京に生まれる。東京藝術大学音楽学部ピアノ科を首席で卒業後、1964年よりヘルシンキに在住。1968年、メシアン・コンクールで第2位。同年より国立シベリウス・アカデミーの教授を務める。1981年以来フィンランド政府より芸術家年金を授与されている。2002年、フィンランドでリサイタル中に倒れ、右半身に麻痺が残る。2003年に、左手のピアニストとして、左手のための作品を演奏して復帰を果たす。マスコミでもこのことが大きく報じられた。2006年には、左手の作品の充実を図るため「舘野泉左手の文庫(募金)」を設立。2008年、旭日小綬章受賞。現在、日本シベリウス協会会長などを務めている。左手のための曲のピアノ演奏、左手のためのピアノ曲作曲の推進活動、そしてフィンランド音楽の日本での普及と、これからも舘野 泉の活躍に期待が集まる。(蔵 志津久)