ふと、産後間もない頃のことがよみがえってきたので書いておこうと思います。
お産の時に
息子の肩に、リュックサックの肩ひものようにへその緒が引っ掛かっていて
分娩台の上でどんだけ白目向いていきんでも出てこず(そらそーだわね)
緊急帝王切開になりました
気分的には
フルマラソンに出場して憔悴しきってる時に
最後ゴールの直前で交通事故にあって
そのまま手術、みたいな感覚でした
普通分娩から手術に切り替えるための同意書にふるえる手でサインしながらも、
「まさか帝王切開になるなんて、1ミリも思ってなかった」
「今ならまだ間に合うよ、赤ちゃん、下から出てきて」
とか祈るような気持ちだった...
今思えば、当時の私は
経膣分娩>帝王切開
と100%思ってた。
でも、いざ手術が始まり、
なかなか会えなかった我が子の産声が手術台の上で聞こえたときには
ホロリと涙がでましたね
そして、無事赤ちゃんが産まれたあと
授乳指導が始まり
乳首をマッサージしたり、助産師さんに見てもらいながらやってはみたものの
私、全っ然おっぱいでなくて
初乳も飲ませてないよー
産院では、母子分離、かつ母乳が足りてなければガンガンミルク飲ませるところだったんだよね。
授乳前後に赤ちゃんの体重を計って
どれくらい母乳飲んでるかを毎回記録してたけど
結局退院するまで
見事に0(ゼロ)の数字が並んでいた私
退院する前に、助産師さんや経産婦の友達から
「退院して軌道にのったら出るようになるよ」
って優しくなぐさめてもらったんだけど
退院してどんだけ乳首をひねっても母乳がでなくてですねー
退院後1ヶ月健診までは、産院の母乳相談にせっせと通いマッサージしてもらうと、たまにピューっと出るようにはなったけど
哺乳類に絞り出してみると
30分絞って、やっと5mmとか
完母で子ども3人を育てた私の母は相当心配してくれて
桶谷式の母乳指導に通ったほうがいいんじゃないかと調べたり
もっと栄養つくものをせっせと食べなさいと食事を作ってくれたり
ほんとにいろいろ手を尽くしてくれた。
だけど、全然出なかった
帝王切開のあと、お医者さんに聞いたところによると
子どもが出てこれなかったのはへその緒の巻き付きプラス、私の胎盤機能不全という症状もあって、最後のほうは胎盤が正常に機能してなかったらしい。
そういうことを聞いて
私の胎盤、正常じゃなかったのか...
もっと若いうちに産んでたらな...
もっと妊娠中、仕事とか無理せず身体をいたわるべきだったのかな...
とか、自分を責めていた。
緊急帝王切開のあとは、産後の回復もめちゃ遅くて、産後3ヶ月はちょっと歩いたりするだけで息苦しくなることもあって
近所のニトリの中を歩きながらこの世の終わりってくらいに疲れきってしまい
このまま普通に生活できなくなったらどうしよ
とか思ってた時期もあったなぁ。
産後体操なんてもってのほかイテテテ
夜な夜なマ●リとか発●小町とかを見ては
いかに母乳育児が素晴らしいか
おっぱいが出ない原因
完母になるまで何をしたのか
母乳で育てないことによるデメリット
とかを検索しては
またまた自分責めしてた
でも~~
今となってはハッキリ言えるけど
あのとき自分責めする必要とか
ほんとに微塵もなかったwwww
帝王切開後でも、いまや鉄棒グルングルンできるくらいに人体が回復する不思議を思い知ったし
結局ミルクで育った息子は
母乳が出てなすぎて
1ヶ月健診でまさかの体重マイナス騒動に見舞われるも
いまや保育園のクラスの誰よりも背が高く
誰よりも給食を完食するのも早く
たけのこばりにグングン育ってる
必殺技:アンパンチ
特技:英会話
当時の自分に、
自分を責める必要1ミリもないよと言ってやりたいし、
別に言ってやらなくても、何の問題もないかもw
それくらい、自分が不安に思うことや自分責めしているようなことって、案外どうでもいいことだったりするのかもしれない。
当時の私と同じようなことで悩んでいる人、自分責めしている人がいたら
全ッ然大丈夫だから!!
って言ってあげたいです。