井上真由香

彼女には隙がない。

都内から40分ほどの戸建ての団地に生まれた。父はメーカー勤務。母は近所のスーパーでパート。兄弟は兄と弟。
公立の小学校から中高一貫の私立女子高へ進学した。ついでに付属の短大へ推薦入学もしておいた。
親の薦めもあったし。

これと言っての特技はなく、のめり込んだ趣味らしいものもない。
あえて言えば、ハングルが読めるぐらいか。これは韓流ドラマが流行ったときに何気なく覚えてしまった。ふかい意味までは解らない。

この頃、仲の良かった友達がヨン様大ファンだった。

9時に出勤。17時半退勤。
派遣社員ではないが、一般事務は今のご時世残業なんてあるわけながない。

なんとなく通勤途中の有楽町でぶらぶらと買い物。(でも、たまにしか買わない。)だいたい8時過ぎには帰宅している。

唯一。水曜日だけは22時頃帰宅する。パン教室に通う為だ。
彼女の中では趣味と実益を兼ねた積もりだったが、家で作った事はなく、会社の後輩がはまっていた時にのせられて体験に行ってしまったのがきっかけだった。

実家から2駅の場所に8畳ほどの小さなワンルームを借りている。殺風景な白を基調とした家具たち。所々にピンクがちりばめられている。お気に入りは最近買った白とピンクの液晶テレビだ。DVDプレーヤーはあるが、録画する機器はない。必要ないのだ。

ここ2年でひととおり料理も出来るようになった。煮物だって作り方を見ずに作れるし、魚だってさばける様になった。

電球の交換も出来るし、虫だってへっちゃらになった。(まだムカデとゴキブリはちょっと怖いけど)

今の生活に満足している。
何不自由ない暮らし。
が…彼女はどこか不安で仕方ない事があった。



彼氏が出来ないのだ。


もう3年になる。合コンも選り好みせず行くし、行ったら連絡先も交換する。後日会ったりする事だってあった。顔だってスタイルだって中の上だ。(自分評価)

でも…続かない。


きっと彼女は気づいていない。
彼女には隙がない。


全く隙がなく『普通』なのだ。

菅山貴大


彼の周りにはいつも気持ちばかりの隙間ができる。
毎年この季節になるとちょっとだけその隙間はひろがり、
みんなとの心の距離も広がった気になってしまう。


菅山は初夏が嫌いだった。


小学生の頃両親が離婚した。
母親がパートを掛け持ちし、祖父母の家での生活。
不自由なんて何一つなかった。


中学校になって、父親と会った最後の日、

父は彼の人生を変えた。
後から知ったのだが、父はその日を最後と決めていたらしい。


その日、父は横浜の街で一緒に食事したあと、

彼をヨドバシカメラに連れ出した。
めったに物を買ってくれることのなかったのだったが…

その日は特別だったのだ。


買ってくれたもの…それはTVゲームだった。


カルチャーショック。いや、それ以上か。。

画面の中の世界が自分を貫いた。気がした。

毎日、それ以上。四六時中。・・・没頭。


もともと人付き合いは苦手だったし、

勉強も得意ではなかったのもそれを助けた。
学校は週に1日か2日。高校受験も何とか合格した程度だった。


高校のとき、ゲーム誌の大会では強豪を勝ち抜き、日本一になった。

それも誌上での話。。。


いわゆる完璧な引きこもり。に、成り上がった。

でも、そんなものは過去の栄光。
今、彼はちゃんと働いている。


今の悩みは引きこもりが作りだした人間との心の距離ではなく、
電車のなかで初夏に発生する実質的な距離。


初夏の朝の電車内、大量の汗、拭くタオル。。。


完全なまでの引きこもりが作り出した立派な体型・・

いわゆる肥満による、悲しい周囲との距離。


汗と涙の結晶である。