「銀鼠、といったな?」
「(またか・・)」
私は戦場で、またその男とまみえた。
場所は違えど状況はさして変わらず、私は嫌な気分を思い出す。
「今日は一つ。提案を持ってきた」
「提案?」
「ああ。我が軍の将と剣を交えてもらいたい」
「なんのために?」
今日は、早くから口を出した。
この間よりも、嫌な予感がする。
なにかこう。足を絡め取られ、引きずり込まれるような。
そんな、嫌な予感。
「ぜひとも我が軍に入ってほしいからだ。その力が欲しい」
「この間、お断りしましたよ?」
「分かっている。だから、その勝負で最後にする」
私は無言のまま続きを促す。
「我が軍屈指の名将をお前と戦わせる。それでもし、うちの将を負かすようならば、それ以降お前を勧誘したりしないと約束しよう」
「負けたら軍に入れと。そうおっしゃりたいのですか?」
その男は頷いた。
「(悪くない話・・・そう思わせられている)」
一見、私好みの解決法だ。
一度戦って、勝てば面倒が減る。
でも。
「私がその戦いを受ける義理はありませんよ?」
大事なのは勝ち負けやその先の面倒のことじゃない。
その勝負を受ける前提で話し、まるで利は私の方にあるがごとく説き伏せようとしている。
よく考えれば、たとえ勝ってもさほど利があるわけでもなく、そして、負ければ相手にとって都合の良いようにされている。
この提案。対等じゃない。
「確かにな。だから«強引に»やることにした」
刹那、空気が一段階重くなる。
私は、剣を抜いた。
「ふふ。今じゃないさ。お前が寝入った時にでも、«勝手に»その勝負をさせてもらう。両手足を縛ってでも言うことを聞かせてやる」
「下衆野郎ですね・・そんなことされても、私は言うことを聞かないですよ」
「そのときは殺すことにする」
私は怒りをぶつけようと突進した。
二刀でもって喉元を掻き斬ってやろうとしたのだ。
しかし、相手は一足先に後ろへ跳び去り、それを構える。
「弩・・」
矢じりが頭に向けられている。
回避できる距離じゃない。
「まぁ。いつでも殺せるということは覚えておけ」
「っ!」
煮えたぎる怒りを、必死で抑えた。
今、感情的になれば、それは死を意味する。
それが分かるくらいには冷静さを保てていた。
「だから«提案»しにきた。時間と場所を指定するから、そこで我が将と戦え。勝てば勧誘しないことはしっかりと約束しよう。逆らえば死んでもらうまでのことだ」
約束?
そんなの当てにならない。
ただ、この状況を打開する方法が、咄嗟には浮かんでこない。
「・・分かりました」
不服ながらも承諾するしかない。
満足そうに鼻をならす男。
「ちなみに。何人か木陰から狙わせている。私が弩を下げたり、距離をとった後に襲おうとしても無駄なことだ」
そう釘をさし、男は弩を下ろす。
「時間は今日の夕暮れ。この先の平原で行う。せいぜいがんばりたまえ」
私は、このときほど怒りに震えたことはない。
今はその気持ちをぶつけるべき時じゃないことは明白だった。
その男が姿を消すまで待つ。
「・・その将とやらを倒して、その後で貴様を抹殺する。そう決めましたよ」
そうして後回しにでもしないと、胸の中で、心が爆発してしまいそうだった。
続く。