今日から11月。少しずつ肌寒くなってきて、秋深まるって雰囲気になってきた今日この頃。しかも、11/1は「ワンワンワンで犬の日」そして、もうひとつ、僕の嫁の◯◯歳のバースデー🎶
嫁はGLAY好きで、今、某コンビニとコラボして何やらやってるから、クジ引きたいためにそのコンビニに貢いでる。
「自由」他の何者からも束縛を受けず自分の思うままに行動すること❗って辞書にかいてあった。

でも、この言葉の裏側には「自分のとった行動に対してきちんと責任が持てること」って言うのが、隠れてる。
先日、精神病院入院中同部屋だった人間(Aさん)が、スリップして出戻りした。
時を同じくして、出戻りまでいかないまでも、自助会に繋がっていたのに、いつの間にか行かなくなり、通院していたのに、それもいつしか行かなくなり、引きこもってばかりいる仲間とも、(Bさん)久々に連絡がとれた。

精神病院に入ることは決して誉められたことじゃないし、逆に人生の汚点とも捉える人の方が多いかもしれない。Aさんの場合は今回で、7回目…自分の病気を認めているけど、少し時間がたつと、飲む方を選択してしまう。その結果、仕事に行かなくなり、内臓を壊し、病院リピーターの繰り返し。
Bさんは病気の否認を継続。外の世界に無気力、無関心な状態で自分の殻に閉じこもり、仕事もせず、何となく一日を送っているらしい。

二人とも、正直に言えば、飲もうが、飲むまいが、生きようが死のうが、その人の自由。
でも、たった二ヶ月の付き合いだったけど、偶然が重なって知り合ったので、それなりの情は沸く。何度目の入院とか、スリップしたとか、自堕落な生活をしていることを否定するつもりはない。人間誰しも感情の波はあるし、僕も今のところ運よく飲まない生活を継続できているだけでいつ、どこで、スリップの可能性が出るかわかったもんじゃない。それだけ、未々綱渡り状態で、飲むのも自由、飲まないのも自由…その天秤のバランスがいつ飲む方に傾いてもおかしくないんだ。(危なっかしい…)
明日は我が身的な感じで二人を見守ることしかできない。相手を変えることなんて僕にはできないんだから。それは、他の誰でも同じだと思う。
結局は、本人の意思で、飲まない自由を選択するしか無いんだよね。本人が、本気で、「酒の無い生活を送りたい」「止めたい❗」って思って、行動に移さないと、何も変わらない。前にも進まないはず。そんな風に思っていても中々止められないのもこの病気。精神の病だから。
こんな僕でも
そのお手伝いくらいは何か自分にもできることあるかなぁと、余計なお世話かもしれないけど、今月中頃にBさんをAAミーティングに誘ってみた。
僕は無力…その人を変えることなんてできないけど、もし、Aさんにとって今回の入院が、BさんにとってAAミーティングが飲まない生活を送りたいって思える窓口(入口)になるなら、嬉しいよね?
これって、只の、お節介、自己満足、高慢かもしれないけど、二人とも少しキャラは変わってる(個性的)だけど、いい人だからね。
同じ病気を持つ仲間として、少しでも長生きして、回復していってほしいんだよね。普通なら未々死ぬような年齢じゃないんだから。Aさん40代行半Bさん30代前半なんだし。