めっちゃ長いGWだったらしいですね。
無職の私にとってはあまり関係ないけど🤪
銀行のGW対応くらいかな、影響があったのは。
という下書きをずっと覚えていながら、
書き進めずに、世間は次の休暇の
🎐お盆&夏休み🎆に突入しました😂
からの!
ハロウィン🎃が控える
秋に突入しています😂
GW前に書き溜めた下書きはここから↓
いい加減バイトでもいいから働け!
そろそろ働かないと生活ヤバくない?
と周りからツンツンされている今。
前々からお風呂で形作っていた、
評価に対する考えをまとめたいと思い立ちました。
完全に現実逃避です😁
辞めた会社は、評価基準と部署のキャリアプランの双方が未定でした。
既にガチガチに決まっているよりも、
一緒に形作る方が魅力的に感じる!
と思う方はいらっしゃるでしょう。
実は入社前の私もその1人でした。
辞めるまでの短い期間ではあるものの、会社ないし上司と評価基準を話し合っていきました。
ただ、事務×クリエイティブ業務×新卒
という組み合わせは非常に基準を決めにくかったと思います。
まず、事務という立場。
これはどの企業でも同じですが、基準が曖昧になりがちです。
売上額、成約数、顧客満足度、企画提案数、案件遂行数。
そのどれも事務業務には当てはまりません。
経理や総務などであれば、個人が対応できる処理数を基準に出来ますが、
人事や広報などは、採用人数?制作物納品数?
それとも育成実習や広告提案数?
どれも明らかに利益に繋がらないものばかりで、
評価基準に据えるにしてはふさわしくないと思われます。
また、制作物納品数と触れましたが、
クリエイティブ業務はもっと評価しにくいと感じます。
こちらに関しては、プラス評価よりもマイナス評価しやすい。
個人的には引き算で見られるのではないかと思います。
クリエイティブは人の感性に合わせて生み出すものが多く、
確実な利益にはなりにくい上に、周りの評価も変動しがち。
例えばですが、
決裁権者のイメージにバッチリ合ったものを作ったとしても、
イメージと目的が食い違っていれば、
目的を達成出来ずに周りからは白い目で見られる場合もあります。
決裁権者の評価は爆上がりしても、
結果から見た評価は失格、という結末になります。
そして、そこに被さってくる...
新卒という属性。
ハローワークにはだいぶ行っていませんが、
失業保険を満額受給済なので行かなくなった。
ゆる~く就職活動を続けている中で、ふと思います。
新卒ってマジ評価しにくいな...
加えて、第二新卒って言い方なんなん?とも。
ここからはぶっちぎりの私見を述べますが。
企業から見た新卒採用は、
育成及び進化先の読めないガチャ
であり、お互いに努力し合う工夫をしなければ、
採用コストや育成コストが無駄になってしまう。
にも関わらず、組織を大きくするには不可欠な要素。
表現がまだ定まっていはいませんが、
総じて【コスパの悪いイベント=新卒採用】かなぁと思っています。
企業が大学生を刈り取る時期は年々短くなっていて。
それを知った大学生が就活に対して色々思考して。
そういった思考に対して情報を与える動きがあって。
1つの経済循環のようなものが生まれている。
果たしてそれって、
学生側は人生の8割を占めるであろう労働、
働くということにフォーカス出来ているのかな。
企業側はいろんな事情に左右された素材=学生を買う。
そう考えると、新卒採用ってすごいリスキーな行動だな。
と思っています。
私自身、採用活動の主軸を担っていたわけではないし、
採用経験や人事経験なんて全くありません。
ただ、それに関わる業務に携わっただけ。
その際、企業側の意図を汲み取って作業して、
直近まで学生だった私の考えも脇には浮かんで。
そんな中で、新卒採用の基準とかを知ると、
その後採用された人間に求められるものが分かり、
じゃあ、採用された私って何を求められているだろう。
って考えていたわけですが。
簡単な話、その企業の文化にきっちり沿って、
業務スキルを身につけて育てばいいだけなんです。
ただ、前述の通り、ガチャ産の素材なわけです。
急に進化したり、環境が合わなかったり。
育成が良くも悪くも裏切られる。
ガチャ産素材と例えているものの、
人間だからもっと複雑に変化していく。
だから、一律に新卒用の評価基準を作っても、
均等かつ効果的に作用するものは作りにくい。
もちろん、超大手企業なら話は違いますけど。
だから、新卒の多くは挫折を味わうし、
本人だってそれなりに努力を重ねるけど、
思うようにいかないからもどかしい。
学校だったら別に出来なくてもいいけど、
働いている=給料に関わる=生死に繋がる
という構図が出来ている以上は、
その図式がうまく行くようになんとか調整する。
生きなきゃって気持ちが強いと、
恐らく流れでどんどん成長していって。
本人も企業もウキウキの状態に持っていけると思います。
ただ、今って少子高齢化かつ労働力不足。
どっちもお互いに意識が合わないのではないかと。
新卒で採用される学生側は、
自分の価値をいつもより高めに設定する。
なぜなら、慢性的な人手不足が多くの企業の現状だから。
それに対して新卒で採用する企業は、
万一に備えて色々と囲い込みに走ったり、
いざとなれば外国人にシフトすればいいと考える。
そんな流れが出来ているのではないかなぁと思います。
情報が溢れる世の中で、多面的な物事を一面的に捉え、
少し怠けても大丈夫そうとか、
やっぱりそんな考えだから信用ならんとか。
採用や組織作り、仕事を通した人生設計などにおいて、
本音でしっかり話すなり、見極める力をつけるなりして、
自分自身、会社自身で行動や思考を決めることが少なくなっている。
...ここまでは言い過ぎかもしれません。
ん〜話がだいぶとっ散らかってしまった☹️
つまり、新卒自体の評価基準は、
設定しても一律にはならない一時的なものになりがち、
そう私は考えています。
企業の成長や、本人の素質と成長幅に合わせると、
可能性は無限大とかいう至極曖昧なものになりかねない。
でもでも、あくまで私見ですからね☝️
以上のように考えている私が振り返ると、
辞めた会社での私の評価基準設定は難しかった、
と認識するのです。
となると、同時にこの考えも浮かびます。
じゃあ、どう設定するのが正しかったのだろうか。
私なりに振り返りながら、色々と考えてみました。
(お風呂に入りながら🚿)
そこで、今日の本題である、
「評価基準への不安」が出てきました。
絶対と相対、定量と定性。
この2つないし4つに対して、
抱いている考えがあることに気が付きました。
絶対と相対は言わずもがな、
単純に動かない値と動く値という見方です。
例えば、
テストの点数、商品の値段などは絶対。
クラス平均から見たテストの出来、需要で変わる値段の付け方は相対。
といったところじゃないかなと思います。
私は、どっちにもそれぞれ恐怖のような、
表現しにくいマイナスの感情を抱いていると自覚しました。
まずは、絶対に関してですが。
・テストなどで解法が決まっている
・正解と間違いが決まっている
・誰もが必達すべき地点である
といったようなものに対して、
自分がそこまで到達できるのかどうか、
到達出来なかった時の不安、
自分が成長しきるまでの焦り、
努力が実らなかった時の落胆、
自分自身に対する自己評価の低下。
そういったイメージにしか繋がらないことに気づきました。
絶対に対して、逆に決まりきってるから簡単とか、
自分が努力して着実に成長していく喜びとか、
実際に到達した時の達成感とか。
こういった思考やイメージに繋がらなかったんですよね。
次に、相対に関してはもっと強いネガティブイメージばかりです。
・一緒に働き始めた人と比較して...
・同じ時間かつ同じ作業という条件下で...
・世間一般的に同世代と比べて...
などといったものがあると思いますが、
ここまで↑
まぁまぁ長く書いてました。
そして何を書こうとしてたか忘れました😂
でも構わず続けます😂
相対に関しては、
一体どんな基準で評価が変化するのかという不安、
基準の変化による目標の不透明さ、
自分軸の設定が出来ないことへの不満、
純粋に他人と比べられるというストレス。
こっちもマイナスイメージばかりです。
相対に至っては、自分への感情だけではなく、
評価者や比較対象者へのヘイトも溜まってしまうため、
絶対よりもマイナス感情が多いと感じています。
どちらもマイナスイメージではありますが、
給料という数字に当てはめるためには、
両方の価値観を踏まえて、数値に変換する必要があると、
認識しているっちゃいるので...
どうしても必要だから仕方ないと思っています✊️
まぁ配分とかは会社によりけりなので、そこは今後の就活において自分の基準を形つくってから、見定めにおける大事なポイントにしていきたいところではあります✍
最後は、定量と定性ですね...
大分長くなりましたが、ここまではひとまとめにしたい!
定量=数字
定性=数字に出来ないもの
上記がズバリ私の認識です。
なんてアバウトなんでしょう。
定量が、冒頭で触れたような成約数などとすると、
定性は、文章でしか表現できないものだと思います。
絶対相対と一緒で、この2つも私は苦手なんですよねぇ...
例えば、1時間にいくつ納品が出来たかとか、
成果物の完成までどの程度進めたかとかは、定量に出来ます。
しかし、一緒に働いていく上での良し悪しや、
職場での個人の雰囲気などは、数字に出来ません。
評価する人によって評価基準が変わるため、
数字ではなく言葉で表現せざるを得ないと考えています。
ただ抱く感情においては、
定量は絶対、定性は相対、
と同じようなものだと思っています。
数字は基準が動かない、でも、数字に出来ないものは基準が動きやすい。
絶対と相対と似たような動き方ではないかと捉えています。
ツマルトコロ。
私って評価されること自体が苦手なのかもしれません😂
ここまでくどくど長々と並べましたが、
結論って意外と単純だったかも。
でもそれって、私自身が社会でお金を稼ぐって行為に前向きになれないんじゃ...
お金を稼ぐということは、自分の付加価値の対価を周りの評価基準で得ることだと考えているから。
なーんて不安も芽生えちゃったりしましたが、
一旦考えを整理するという上では大事なプロセスだった、
そうポジティブに考えることにします🌞
思い出話をつけることも考えましたが、
それはまたいつかの機会にするとしようかな😃
次はやめて1年経った地点から振り返りたいと思います。
今回はここまで👋