前回からの続きです。
救命センター病棟へ入院したことにより、
まともな医療支援のある闘病が始まります。
救命センター病棟に入院していたは1日なのか、
数日なのかは覚えていませんが、
点滴を受けることで脱水症状から逃れることが出来ました。
CTや血液検査を受けましたが、原因はわからなかったようで
とりあえず内科の病棟へ移されました。
数日はおかゆなどの食事が出ましたが、
当然全て吐いてしまいますし、吐けば体力を消耗します。
電解質バランスが崩れ、手足、顔、舌まで痺れて動けず、
助けも呼べず、しゃべれずでパニックになります。
すぐに食事は出なくなり、絶飲絶食となりましたが、
胃液は出ますので、胃液を吐き続けます。すでに胃液も緑色です。
いまの医療であればすぐに原因がわかりそうなものですが、
当時の医療では原因がわからなかったようです。
とりあえず胃液を吸い出すチューブを鼻から胃に入れたままにして、
吸い出した胃液をベッドサイドのビニールパックへ溜めつつ、
右の鎖骨あたりから太い静脈に太い針を入れて24時間点滴で水分と栄養を入れ、
「とりあえず死なせない」治療が開始されました。
色々な検査が、毎日毎日ありました。かなり辛い検査もありました。
肉体的なものでは無く精神的な原因も疑われたようで、精神科医の検査もありました。
これは精神的にかなりキツかったです。
確かに、脱水や栄養不足、電解質バランス崩壊等から
頭が回らなかったり、神経過敏になったり、
心のバランスが取れないこともありましたが、
登校拒否とかで吐いているわけじゃないので、かなり悔しかったことを覚えています。
仕方が無いですけどね。
この頃は、身長が156センチに対して体重が30キロまで落ちました。
こうなるとさすがに限界値に近いようで、
ベットから起き上がるだけで気を失いますし、
体重計に立つことも難しくなります。
この時期、何度気を失ったか数えきれません。
臨死体験的なこともありました。
意識だけが凄い速度で宇宙へ飛び出し、自分の体が無い状態で、
無音で暗い宇宙の果てを永久とも思える時間、漂ったりもしました。
(幸い、看護師さんのビンタにより、凄い速度で戻ってくることが出来ました)
続きます。