この事はさっきまでひとつ前の記事の追記に書かれていたのだけれど、追記に書くには記述内容が増えすぎてしまったため、嫌々だけれど新しい記事を作ることにする。

昨日「デカダン日記 宮子 名前」という検索ワードから来た人が居た。

よーするに宮子巽の名前の元ネタが知りたかったらしい。

そんなの知らないよ、で終わりにしてもよかったのだけれど折角だから調べてみた。

前回ね、佐藤明機先生という漫画家を知ったのは偶然であって、鬼頭先生のブログを読んでいたらこんなページがあった。

これ見て勝手に僕が佐藤明希の名前の元ネタだと判断したのだけれど、間違いじゃないでしょ。

なので今回も同じ手法を使ってみて、宮子の名前の元ネタを探す。

そんな簡単に見つかるわけ…うん。

見つかった

羽住都(はすみ みやこ)なるイラストレーターが存在するらしい。

はすみ みやこ…

はすみ 宮子…

巽 宮子…

はっ!

多分そうでしょ(適当)。

あとは水嶋くんとかだけれど、水嶋君は主要キャラじゃないから元ネタあるか分からないし、今回の事で可能性が漫画家からイラストレーターにまで広がってしまったため、作業は困難を極めると思う。

と言うか僕以外の人が頑張ってよ!

なんで僕だけこんなに頑張らなきゃいけないんですか。

折角だからアフィリエイト貼っとくから、買っとくように。

僕は買わないけど。


纏う透き色の 羽住都画集/東京創元社
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ここまでが追記で書き足した内容なのだけれど、次の事が新しく書く内容として生まれたため、こんな狼少年みたいな事態が起こっている。

その宮子の名前の元ネタを探す作業をした時に鬼頭先生のブログを読むことになった。

正直、今の鬼頭先生が何をしているかだなんて、心底興味なかったからほとんど読んだことがなかったのだけれど、今回、ちょっと宮子巽の名前の元ネタが分かったから、二匹目のドジョウという事で更なるヒントをブログに求めた。

けれどまぁ、ね。

見つからないよね。当たり前だよなぁ?

なのだけれど、一つ鬼頭先生が作画ミスをしているとここで自分で言っていたので、親切にも僕がどのシーンか見つけ出した。

いやー、親切だなぁ(棒)。

結構難儀したけれど、ヒントがあまりにも多かったために見つけることには成功した。

鬼頭先生はなるたるの最終話のクリさんのソデをミスったと書いていた。

さっそくすべての袖を見て、2~3周したくらいでやっと見つかった。

ここ。


(12巻p.222)

こんなの気づかないよ。

一コマ目の右ですね。

最終話では涅見子は半袖の服を着ている。


(12巻p.223)


そんな風に半袖であるはずなのだけれど、長そでに描いてしまったらしい。

むしろ鬼頭先生はどうやって気づいたのだろう。



困ったな。

追記にするにはちょっと前回の記事が煩雑になりすぎるから新しく記事を作ったのだけれど、今度は書くことがなさすぎる。

なので小ネタを一つ。

僕がなるたるを読んで間もないうちの話なのだけれど、


(12巻p.216)

一時期この銃を持っている人が、鈴木さんであると勘違いしていて、本当になるたるは酷い話なんだな、と思っていたことがあった。


(3巻pp.32-33)

あんな良い人そうなのに、シイナの事殺しに来るなんて…って感じで。

けれど良く見たら違う人だった。

流石にそこまで鬼頭先生の性格は悪くないらしい。

くらいかな?

何と言うか、流石にもう書くことがない。

なるたるで説明不足の所ってあとどこら辺だろう。

あと出来るとしたらなるたる以外の鬼頭作品の解説だろうけれど、『殻都市の夢』なんてものは解説が要らないと思う。


(『殻都市の夢』p.177,pp.180-181)

このページで全てが分かるのだから、別にしなければならない解説もない。

要するに埋もれてしまった都市の様々な出来事の中で、人々の愛の物語が本当に必要なものだから忘れられなかっただけ。

それが語られたのがこの『殻都市の夢』。そんだけ。

『物語の哲学』に書いてあるように、原初全ての物語は語られるものだったのだから、語り部が居てそれを伝え紡いでいるという事。

もう本当にそれだけ。

あと、なんで最後の話であの渉猟師の娘が殺せなかったのかというところだけ補足すると、


(同p.159)

渉猟師の子が、


(同p.93)

この例の媚薬水の子に似てたから、ちょっと感傷を抱いてしまったという話。

まぁ良く読めば似ていたという話ではなく、


(同p.171)

文脈的に媚薬水の娘のクローンであることが分かる。

そんだけ。

流石に全一冊の物語で、更に鬼頭先生が気を使って読者に分かるように書いている作品についてで僕が解説できることもそんなにない。

あと、ついでだから鬼頭莫宏短編集の『残暑』の『よごれたきれいな』のことを少しだけ書いて置くことにする。



(『残暑』p.89)


短編集の中で理解できない話なんて殆どなかったのだけれど、『よごれたきれいな』だけが非常に理解に難儀した。

多分時期的になるたるの直後だから、まだパズルピースが見つかってなかったのかもしれない。

で、曲りなりに解説しようと思うのだけれど、問題はハンカチに着いていた血が何なのかという事。


(『残暑』p.111)

この血はまぁ、経血でしょうね。

経血じゃなきゃ、直前の顔を赤らめるシーンの意味が分からない。

けれど経血が付いたハンカチってなんだろうという事が問題で、正直分からないので僕が勝手に文脈付ける。

多分間違ってるけれど、気にしたら負け。


(同p.96)

普通にしてたらパンツが汚くなることはない。

何故汚いかを考えなければならなくて、二つ考えられる。

一つはパンツを新調できない程に貧困しているか、もう一つは生理用品を用意できなかったかどっちか。

何とも言えないけれど、沢渡の父親が自殺した後に沢渡に初潮が来たのだけれど、それに対応することが出来ない程に困窮しているか、もしくは母親が父親の死から立ち直れずに家事を行えていないかどっちかでしょう。

とりあえず母親に相談は出来ないし、だからと言って沢渡に友達はいないのでどうしたらいいか分からずにハンカチで当座生理を乗り越えていたのだと思う。

けれど、洗濯が上手ではない為にその血が落としきれずにハンカチに残っていて、それでも血のついていない他の面は問題ないために使っていたのだけれど、そんなことを知らない村井がハンカチを持って行ったために非常に恥じているのかと。



(同pp.109-110)

普通の血がついてたんじゃあ顔は赤らめないから、顔を赤らめる血とは何ぞやと考えたら経血しかないわけであって、そうであるとしたら経血が付いている理由を考えなければならない。

とするならば、上に書いた推論が一番すんなり通る。

どうだろう。

で、この話の最期は、


(同pp.112-113)

血という汚れが洗濯の得意な母親によって落とされてしまって終わり。

同時に沢渡の証しである血が流されてしまって、実際に居なくなった沢渡とハンカチに残されていた沢渡の名残が失われたことが悲しくて泣いている。

「よごれたきれいな」とはつまり、普通に血は汚れなんだけれど、経血はキリスト教的伝統を除けば神聖なものなのであって綺麗なわけであって(『神話・伝承事典』「経血」参照)、また沢渡はどんどん着ている物は汚れて行っているけれど、沢渡の清廉な志と行動、そして心の清らかさは変わらないから、「よごれたきれいな(と沢渡の経血の付いたハンカチ)」という話。

だと思う。

なんか全体的に抽象的過ぎて明確には分からない。



ふぅ…


何やってるんだろう…

なるたるの話だけしてりゃあ良いのに予定にない余計な事ばっかり書いてしまった。

ボリュームが足らないと思ったから、嵩増しするためにこの記事の大半の事は書かれているけれど、とっとと須藤のこと書いて締めちゃえよと思う。

けどめんどくさいんだからしょうがないじゃん。

こんなしょうもない記事書くのにだって二時間くらいかかってるんだから、須藤とかどのくらい大変かなんて分かったもんじゃないんだから。

本当にさっさと終わらせたいけれど、めんどくさいんだから仕方がない。

そんな感じです。

あと冒頭のアフィリエイトはどうせ僕の利益になってないだろうから買わなくていいです。

では当分先に。



・追記
滑走キについてここでじゃないのだけれど聞かれたことがあるから説明しておくと、僕はかなり前に年賀状を鬼頭先生から貰ったという滑走キの記述に対して何者だよって書いたけれど、あれってたぶん管理人の人が鬼頭先生にファンレターを送ったのだと思う。

普通に。

それでそのファンレターを送ったのは恐らく鬼頭先生が遠くに行く前、具体的にはなるたるとかぼくらのがアニメ化されて鬼頭先生が有名になる前だっただろうから、普通に鬼頭先生が返事を出して、それから年賀状も出しているのだと思う。

普通に。

僕はそんなもの出したことないから、よく分からなくて「何者だよ」って書いたけれど、鬼頭先生が相手の住所を知っているシチュエーションを考えたらそれしかない。