震災から100日以上も過ぎながら、一向に進まぬ復旧・復興。迷走する政策で生じた電力不足と、差し迫った猛暑。国民の怒りはピークに達している。こうしちゃいられない、と菅総理は立ち上がって指示を出した。
「おい、俺の防弾服を作れ。誰が殺しに来るか分かったもんじゃない。」身の安全だけが心配であった。
補佐官ら周辺のスタッフは戸惑った。「いきなり何の話ですか。防弾チョッキでも警察庁に借りますか?」
「ぶぶぶ、ぶわっかもん!」菅の雷が落ちた。顔を真っ赤にして怒り狂っている。
「おお、お前らは首相の身がどうなってもいいのか!あんなチョッキじゃ頼りない。スナイパーが狙っているかも知れないんだぞ。どこから撃たれても弾丸を跳ね返す、頑丈な特注品を持ってこい!」
スタッフは慌てて、防衛省 に連絡を取り始めた。
数日後。
自衛隊幹部が特注防弾服を官邸に届けた。試着した菅総理は鏡を見て、ぎゃっとのけぞった。
「馬鹿、馬鹿、馬鹿、ななな何だ、コレは。まるでゴキ、ゴキ・・・」と云い淀む。「ゴキブリではないかっ!」
鏡を覗きこんだ幹部は、平気な顔を答える。
「何を仰るんです。このダースベイダー型ヘルメット はアメリカ 製ですぞ。ミセスクリントン だって被ってました。」クリントン が着用したのはハロウイーンの仮装パーティだったとは、あえて云わない。
「プロテクターはメジャーリーグ仕様です。これなら弾丸ライナーも撥ね返せます。」
俺は弾丸ライナーの話なんかしていない。避けたいのは弾丸だ。そもそもキャッチャーがライナーを受けることは有り得ない。菅がそう云おうとしたとき、幹部が付け足した。
「大型ヘルメット には通信用のアンテナを装着しました。プロテクターはかなり重量があるので、予備のベルトを左右に2本づつ付けています。そのあたりが昆虫みたいに見えるかも知れません。しかし」と、一瞬の間を置いて続けた。
「大切なのは首相のお命です。」
そう云われればそうだ。外見がどうであれ、おのれの命を守るのだ。そう思い直して、菅は素直になった。「ありがとう」
「それと、もうひとつ。」と幹部。
「背中には超特殊合金製の甲羅を装着しました。羽のような形状ですが大変丈夫です。これがあらゆる銃弾から身を守ります。従い、特別の事情が無い限り、常に腹ばいの状態で居てください。ひじとひざを痛めないよう、保護パッドを付けています。」
「いろいろと考えてくれるのは有難いが」と菅。「腹ばいじゃ、身動きが取れんだろう」不満そうである。
幹部はひるむことなく即答する。
「匍匐前進してください。腹ばいで低い姿勢のまま、じりじりと進むのです。自衛隊員は皆、得意です。」
「ちなみに」と付け加えた。「低姿勢なら野党も喜びます。」
様々な配慮に目頭が潤む総理であった。幹部の手をしっかりと握り締めた。「まさに戦国時代のヨロイだな。武将たるもの、着ているうちに慣れるだろう。ありがとう。世話になったな。」
こう云うと早速、菅は防弾服を着たまま、官邸をあちこち動き回り出した。分厚い絨毯の上をひたすら匍匐前進する。
カサコソカサコソ、カサコソカサコソ
執務室から応接室、玄関ロビーからプレス ルーム など動き回るうち、匍匐前進にも慣れてきた。だんだん腹も減ってくる。よし、台所に行こう。
カサコソカサコソ、カサコソカサコソ
台所では丁度、伸子夫人が昼飯の準備をしていた。冷蔵庫の影から、突如現れた巨大な赤茶色のゴキブリ。顔を上げた菅が、妻にニッコリと笑いかける。
ぎゃああああああーーーーー!
官邸中に悲鳴を響かせ、気絶しかけた伸子夫人、相手が夫と判って烈火の如く怒り出した。
「な、何よ、その格好は!?でで、出て行きなさい!あ、あ、あんたみたいなゴキブリ男は見たくない!」と、怒鳴る。
菅はすっくと立ち上がって云った。
「本当に見たくないのか?」
もう一度云った。
「本当に見たくないのか?」
へらへら笑って、重ねて云った。
「本当に見たくないのか?それなら、この法案を」
通せ、と云いかけたところで、伸子夫人の回し蹴りが菅の顔面で炸裂した。巨大なゴキブリが血しぶきを上げて卒倒した。