池波正太郎のベストセラー小説『鬼平犯科帳』の魅力は、主人公の長谷川平蔵ら捕り手側の活躍だけではない。個性豊かな盗賊たちの存在も楽しい。ひとくちに盗賊といってもさまざまだ。
▼一、盗まれて難儀するものには、手をださぬこと。一、盗(つと)めするとき、人を殺傷せぬこと。一、女を手ごめにせぬこと。この「盗めの三カ条」を守り、平蔵が「ほれぼれするような盗み」もあれば、押し入った商家の者を皆殺しにする冷酷な盗賊も少なくない。
▼火付盗賊改方の長官に就任直後に対決した「野槌(のづち)の弥平」一味も、そんな「畜生ばたらき」の盗賊だった。平蔵は捕まえた手下の足の甲に、五寸釘(くぎ)を打ち込むというすさまじい拷問で仲間の居所を白状させ、一網打尽にする。
▼東京都立川市にある警備会社の営業所に押し入り、国内史上最高額の約6億円を強奪した一味は、どちらのタイプの盗賊なのか。死者こそ出なかったものの、営業所にいた男性社員(36)に鉄パイプやナイフで重傷を負わせ、金庫室の暗証番号を聞き出す手口は、相当荒っぽい。
▼すでに逮捕された2人の容疑者は、事件当日まで面識がなかったという。多額の現金が営業所にある内部情報を、どのように入手したのか。6億円の行方とあわせて、まだ謎が多い。警視庁立川署捜査本部では、事件の背後に10人前後の暴力団関係者がいるとみて捜査を続けている。
▼平蔵の時代と違って、拷問などもってのほか。それどころか、取り調べ全ての録音、録画(可視化)への圧力が強まり、犯罪捜査は困難をきわめるばかりだ。海外では当たり前の司法取引や通信傍受など、新たな捜査手法を導入しないと、盗賊たちの跋扈(ばっこ)を招きかねない。